り、月並調にあらずや。答、二句共に月並調に非ず、柳の句|俚語《りご》を用ゐたる故月並調らしく見ゆれど実際月並派にてはかく巧《たくみ》に、思ひきつて、得いはぬなり、桜の句も
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銭金を湯水につかふ松の内
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とでもなさば月並調となるべし、「桜かな」といふ五文字は月並派にては得《え》置かぬなり。[#地から2字上げ](五月十日)
根岸に移りてこのかた、殊《こと》に病の牀にうち臥してこのかた、年々春の暮より夏にかけてほととぎすといふ者の声しばしば聞きたり。しかるに今年はいかにしけん、夏も立ちけるにまだおとづれず。剥製《はくせい》のほととぎすに向ひて我思ふところを述ぶ。この剥製の鳥といふは何がしの君が自《みずか》ら鷹狩に行きて鷹に取らせたるを我ためにかく製して贈られたる者ぞ。
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竜岡《たつおか》に家居る人はほとゝぎす聞きつといふに我は聞かぬに
ほとゝぎす今年は聞かずけだしくも窓のガラスの隔てつるかも
逆剥《さかはぎ》に剥ぎてつくれるほとゝぎす生けるが如し一声もがも
うつ抜きに抜きてつくれるほとゝぎす見ればいつくし声は鳴かねど
ほとゝぎすつくれる鳥は目に飽けどまことの声は耳に飽かぬかも
置物とつくれる鳥は此里に昔鳴きけんほとゝぎすかも
ほとゝぎす声も聞かぬは来馴れたる上野の松につかずなりけん
我病みていの寝らえぬにほとゝぎす鳴きて過ぎぬか声遠くとも
ガラス戸におし照る月の清き夜は待たずしもあらず山ほとゝぎす
ほとゝぎす鳴くべき月はいたつきのまさるともへば苦しかりけり
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歌は得るに従ひて書く、順序なし。[#地から2字上げ](五月十一日)
試に我枕もとに若干の毒薬を置け。而して余が之を飲むか飲まぬかを見よ。[#地から2字上げ](五月十一日記)
五月十日、昨夜睡眠不定、例の如し。朝五時家人を呼び起して雨戸を明けしむ。大雨。病室寒暖計六十二度、昨日は朝来《ちょうらい》引き続きて来客あり夜寝時に至りしため墨汁一滴を認《したた》むる能はず、因つて今朝つくらんと思ひしも疲れて出来ず。新聞も多くは読まず。やがて僅《わず》かに睡気を催す。けだし昨夜は背の痛強く、終宵《しゅうしょう》体温の下りきらざりしやうなりしが今朝|醒《さ》めきりしにやあらん。熱さむれば痛も減ずるなり。
睡《ねむ》る。目さま
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