らざるが如し。簡淨、莊重、高古、眞面目、此等が萬葉の特色たる事は余亦異論無し。萬葉二十卷、殊に初の二三卷が善く此特色を現して秀歌に富める事は余も亦之を是認す。只萬葉崇拜者が第十六の卷を忘れたる事に向つて余は不平無き能はず。寧ろ此一事によりて余は所謂萬葉崇拜者が能く萬葉の趣味を解したりや否やを疑はざるを得ざるなり。余は試に世人に向つて萬葉第十六卷の歌を紹介し我邦の歌、しかも千年前の歌に此種類の歌ある事を現すと同時に、萬葉集の中に此一卷ある事を知らしめんと思ふなり。
萬葉第十六卷は主として異樣なる、即ち他に例の少き歌を集めたる者にして、趣向の滑稽、材料の複雜等其特色なり。併し調子は皆萬葉通じて同じ調子なれば如何に趣向に相違あるも其萬葉の歌たる事は一見まがふべくもあらず。左に其一二を擧げんか。[#地から2字上げ]〔日本附録週報 明治32[#「32」は縦中横]・2・27[#「27」は縦中横] 一〕
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さし鍋に湯わかせ子供いちひ津の檜橋より來むきつにあむさむ
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こは狐の鳴くを聞きてよめる歌にて狐に沸湯を浴びせてやらんと戲れしなり。眞率なる滑稽甚だ興あり。
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す薦《ごも》敷き青菜煮もてきうつばりにむかばき懸けてやすむ此君
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食事の時の有樣なるべし。或る人が行騰《むかばき》を梁に懸けて休息して居る處へ薦(食事のために敷く者)を敷き菜を煮て持て來たといふ事にて、材料極めて多し。
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はちす葉はかくこそあれもおきまろが家なる者はうもの葉にあらし
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うもの葉は芋の葉なり。おきまろは人名なり。これは蓮の葉を見て「これが蓮の葉ぢや、おき丸の内にあるのは芋の葉であつたらう」といふ意なり。無邪氣なる滑稽今人の思ひよらぬ處なり。
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玉箒刈りこ鎌麻呂むろの樹と棗《なつめ》がもとゝかき掃かむため
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鎌麿は鎌を擬人法にしたるなり。玉箒は箒木なるべし。我邦に擬人法無しといふ人あれど物を人に擬するは神代記に多く見え歌にも例あり。此卷に鹿と蟹とが自己の境遇を述ぶる長歌二首あり。擬人法の長き者なり。
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からたちのうばら刈りそけ倉建てむ屎《くそ》遠くまれ櫛造る刀自
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歌に糞
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