たら楽書するものときまつて居る。道端や公園の花は折り取るものにきまつてゐる。若し巡査が居なければ公園に花の咲く木は絶えてしまふだらう。殊に死人の墓に迄来て花や盛物を盗む。盗んでも彼等は不徳義とも思やせぬ。寧ろ正当の様に思つてる。如何に無教育の下等社会だつて――併し貧民の身になつて考へて見ると此窃盗罪の内に多少の正理が包まれて居ない事も無い。墓場の鴉の腹を肥す程の物があるなら墓場の近辺の貧民を賑はしてやるが善いぢヤないか。貧民いかに正直なりともおのれが飢ゑる飢ゑぬの境に至つて墓場の鴉に忠義だてするにも及ぶまい。花はとにかく供へ物を取るのは決して無理では無い。西洋の公園でも花だから誰も取らずに置くが若しパンを落して置いたらどうであらう。屹度またたく間に無くなつてしまふに違ひない。して見れば西洋の公徳といふのも有形的であつて精神的では無い――ヤ、大勢来やがつた。誰かと思へば矢張きのふの連中だ。アヽ深切なものだ。皆くたびれて居るだらうけれどそれにも構はず墓の検分に来てくれたのだ。実に有り難い。諸君。諸君には見えないだらうが僕は草葉の陰から諸君の厚誼を謝して居るよ。去る者は日々に疎しといつてなか/\死者に対する礼はつくされないものだ。僕も生前に経験がある。死んだ友達の墓へ一度参つたきりで其後参らう/\と思つて居ながらとう/\出来ないでしまつた。僕は地下から諸君の万歳を祈つて居る。……今日は誰も来ないと思つたらイヤ素的な奴が来た。蘭麝の薫りたゞならぬといふ代物、オヤ小つまか。小つまが来ようとは思はなかつた。成程娑婆に居る時に爪弾の三下りか何かで心意気の一つも聞かした事もある、聞かされた事もある。忘れもしないが自分の誕生日の夜だつた。最う秋の末で薄寒い頃に袷に襦袢で震へて居るのに、どうしたかいくら口をかけてもお前は来てくれず、夜はしみじみと更ける、寒さは増す。独りグイ飲みのやけ酒といふ気味で、最う帰らうと思つてるとお前が丁度やつて来たから狸寝入でそこにころがつて居るとお前がいろ/\にしておれを揺り起したけれどおれは強情に起きないで居た。すると後にはお前の方で腹立つて出て往かうとするから、今度はこつちから呼びとめたが帰つて来ない。とう/\おかみの仲裁でやつとお前が出て来てくれた時、おれがあやまつたら、お前が気の毒がつて、あんたほんたうにあやまるのですか、それでは私がすみません、私の方からあやまります、といふので、ヂツと手を握られた時は少しポツとしたよ。地獄ではノロケが禁じてあるから深くはいはないが、あの時はほんたうに最う命もいらないと迄思つたね。したがお前の心を探つて見ると、一旦は軽はずみに許したが男のいふ言は一度位ではあてにならぬと少し引きしめたやうに見えたのでこちらも意地になり、女の旱はせぬといつたやうな顔して、疎遠になるとなく疎遠になつて居たのだが、今考へりやおれが悪かつた。お前が線香たてゝくれるとは実に思ひがけなかつた。オヤまた女が来た。小つまの連かと思つたら白眼みあひにすれ違つた。ヤヤヤみイちやんぢや無いか。今日はまアどうしたのだらう。みイちやんに逢つては実に合す顔が無い。みイちやんも言ひたい事があるであらう。こちらも話したい事は山々あるが最う話しする事の出来ない身の上となつてしまつた。よし話が出来たところが今更いつてみてもみんな愚痴に堕ちてしまふ。いはゞいふだけ涙の種だから何んにもいはぬ。只こゝからお詫びをする迄だ。みイちやんの一生を誤つたのは僕だ。まだ肩あげがあつて桃われが善く似あふと人がいつた位の無垢清浄玉の如きみイちやんを邪道に引き入れた悪魔は僕だ。悪魔、悪魔には違ひないが併し其時自分を悪魔とも思はないし又みイちやんを魔道に引き入れるとも思はなかつた。此間の消息を知つてる者は神様と我々二人ばかりだ。人間世界にありうちの卑しい考は少しもなかつたのだから罪は無いやうな者であるが、そこはいろ/\の事情があつて、一枚の肖像画から一篇の小説になる程の葛藤が起つたのである。その秘密はまだ話されない。恐らくはいつ迄たつても話さるゝ事はあるまい。斯様の秘密がいくつと無く此墓地の中に葬られて居るであらうと思ふと、それを聞きたくもあるし、自分のも話したいが、話して後に若し生き還ると義理が悪いから矢張秘密にしておくも善からう。とにかく今日は艶福の多い日だつた。……日の立つのも早いもので最う自分が死んでから一周忌も過ぎた。友達が醵金して拵へてくれた石塔も立派に出来た。四角な台石の上に大理石の丸いのとは少としやれ過ぎたがなか/\骨は折れて居る。彼等が死者に対して厚いのは実に感ずべき者だ。が先日こゝで落ちあつた二人の話で見ると、石塔は建てたが遺稿は出来ないといふ事だ。本屋へ話したが引き受けるといふ者は無し、友達から醵金するといつても今石塔がやつと出来た
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