飯待つ間
正岡子規
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)故《ゆえ》
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(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]
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余は昔から朝飯を喰わぬ事にきめて居る故《ゆえ》病人ながらも腹がへって昼飯を待ちかねるのは毎日の事である。今日ははや午砲が鳴ったのにまだ飯が出来ぬ。枕もとには本も硯《すずり》も何も出て居らぬ。新聞の一枚も残って居らぬ。仕方がないから蒲団《ふとん》に頬杖《ほおづえ》ついたままぼんやりとして庭をながめて居る。
おとといの野分《のわき》のなごりか空は曇って居る。十本ばかり並んだ※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]頭《けいとう》は風の害を受けたけれど今は起き直って真赤な頭を揃えて居る。一本の雁来紅《はげいとう》は美しき葉を出して白い干し衣に映って居る。大毛蓼《おおけたで》というものか馬鹿に丈が高くなって薄赤い花は雁来紅の上にかぶさって居る。
さっきこの庭へ三人の子供が来て一匹の子猫を追いまわしてつかまえて往ったが、彼らはまだその猫を持て遊んで居ると見えて垣の外に騒ぐ声が聞える。竹か何かで猫を打つのであるか猫はニャーニャーと細い悲しい声で鳴く。すると高ちャんという子の声で「年ちャんそんなに打つと化けるよ化けるよ」とやや気遣《きづか》わしげにいう。今年五つになる年ちャんという子は三人の中の一番年下であるが「なに化けるものか」と平気にいってまた強く打てば猫はニャーニャーといよいよ窮した声である。三人で暫《しばら》く何か言って居たが、やがて年ちャんという子の声で「高ちャん高ちャんそんなに打つと化けるよ」と心配そうに言った。今度は六つになる高ちャんという子が打って居るのと見える。ややあって皆々笑った。年ちャんという子が猫を抱きあげた様子で「猫は、猫は、猫は宜《よろ》しゅうござい」と大きな声で呼びながらあちらへ往ってしまった。
飯はまだ出来ぬ。
小《ちいさ》い黄な蝶はひらひらと飛んで来て干し衣の裾《すそ》を廻ったが直ぐまた飛んで往て遠くにあるおしろいの花をちょっと吸うて終に萩のうしろに隠れた。
籠《かご》の鶉《うずら》もまだ昼飯を貰《もら》わないのでひもじいと見えて頻りにがさがさと籠を掻
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