感そゞろに胸に塞がり、からき命を助かりて帰りし身の衰へは只此うれしさに勝たれて思はず三逕就荒《さんけいしゅうこう》と口ずさむも涙がちなり。ありふれたる此花、狭くるしき此庭が斯く迄人を感ぜしめんとは曾《かつ》て思ひよらざりき。況《ま》して此より後病いよ/\つのりて足立たず門を出づる能《あた》はざるに至りし今小園は余が天地にして草花は余が唯一の詩料となりぬ。余をして幾何《いくばく》か獄窓に呻吟するにまさると思はしむる者は此十歩の地と数種の芳葩《ほうは》とあるがために外ならず。つぐの年、春暖漸く催うして鳥の声いとうらゝかに聞えしある日病の窓を開きて端近くにじり出で読書に労《つか》れたる目を遊ばすに、いき/\たる草木の生気は手のひら程の中にも動きて、まだ薄寒き風のひや/\と病衣の隙を侵すもいと心地よく覚ゆ。これも隣の嫗よりもらひしといふ萩の刈株寸ばかりの緑をふいてたくましき勢は秋の色も思はる。真昼過より夕影椎の樹に落つる迄何を見るともなく酔ふたるが如く労れたるが如くうつとりとして日を暮らすことさへ多かり。
 今迄病と寒気とに悩まされて弱り尽したる余は此時新たに生命を与へられたる小児の如く此より
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