ead, Willie?
Or any room at your feet?
Or any room at your side, Willie,
Wherein that I may creep?”
“There's nae room at my head, Margret,
There's nae room at my feet,
There's nae room at my side, Margret,
My coffin is made so meet.”
[#ここで字下げ終わり]
其意は、女の方が、私はお前の所へ行き度いが、お前の枕元か足元か、又は傍らの方に、私がはいこむ程の隙があるかというて、問うた所が、男の方即ち幽霊が答えるには、わたしの枕元にも、足元にも、傍らにも少しも透間がない、わたしの棺は、そんなにしっくりと出来て居る。というたのである。まさか比翼塚でも二つの死骸を一つの棺に入れるわけでも無いから、そんな事はどうでもいいのであるが、併しこの歌は痴情をよく現わしておると同時に、棺の窮屈なものであるという事も現わしておる。斯んな歌になって見ると、棺の窮屈なのも却て趣味が無いではないが、併し今自分の体が棺の中に這入っておると考えると、可成窮屈にないようにして貰いたい感じがする。尤もこれは肺病患者であると、胸を圧せられるなども他の人よりは幾倍も窮屈な苦しい感じがするのであろう。
或時世界各国の風俗などの図を集めた本を見ていたら、其中に或国(国名は忘れたが、欧羅巴辺の大国では無かった)の王の死骸が棺に入れてある図があった。其棺は普通よりも高い処に置いてあって、棺の頭の方は足の方よりも尚一層高くしてある。其処には燈火が半ば明るく半ば暗く照して居って、周囲の装飾は美しそうに見える。王は棺の中に在って、顔は勿論、腹から足迄白い着物が着せてあるところがよく見える。王の目は静かにふさいでいる。王は今天国に上っている夢を見ているらしい。此画を見た時に余は一種の物凄い感じを起したと同時に、神聖なる高尚なる感じを起こした。王の有様は少しも苦しそうに見えぬ。若し余も死なねばならぬならば、斯ういう工合にしたら窮屈で無くすむであろうと思うた事がある。併し幾ら斯んなにして見た所が棺の蓋を蔽てコンコンと釘を打ってしまったら、それでおしまいである。棺の中で生きかえって手足を動かそう
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