かす事の出來なかつた兩脚が俄に水を持つたやうに膨れ上つて一分も五厘も動かす事が出來なくなつたのである。そろり/\と臑皿の下へ手をあてがうて動かして見やうとすると、大盤石の如く落着いた脚は非常の苦痛を感ぜねばならぬ。余は屡種々の苦痛を經験した事があるが、此度の様な非常な苦痛を感ずるのは始めてゞある。それが爲に此二三日は余の苦しみと、家内の騒ぎと、友人の看護|旁《かたがた》訪ひ來るなどで、病室には一種不穩の徴を示して居る。昨夜も大勢來て居つた友人(碧梧桐、鼠骨、左千夫、秀真、節)は歸つてしまうて余等の眠りに就たのは一時頃であつたが、今朝起きて見ると、足の動かぬ事は前日と同じであるが、昨夜に限つて殆ど間斷なく熟睡を得た爲であるか、精神は非常に安穩であつた。顏はすこし南向きになつたまゝちつとも動かれぬ姿勢になつて居るのであるが、其儘にガラス障子の外を靜かに眺めた。時は六時を過ぎた位であるが、ぼんやりと曇つた空は少しの風も無い甚だ靜かな景色である。窓の前に一間半の高さにかけた竹の棚には葭簀《よしず》が三枚許り載せてあつて、其東側から登りかけて居る絲瓜は十本程のやつが皆瘠せてしまうて、まだ棚の上迄
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