上總までかちわたりせん汐干潟

【市川】
落ち行けば隣のくにや揚雲雀
うつ杖のはづれて嬉しとぶ胡蝶
鶯の聲の細さよ岨五丈
うくひすや落花紛※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、26−7]たり手水鉢
わらじの緒結ぶや笠にとぶ胡蝶
馬ほく/\吹くともなしの春の風
陽炎や南無とかいたる笠の上
菜の花の中に道あり一軒家
鶯や山をいづれば誕生寺
七浦や安房を動かす波の音
七情の外の姿や涅槃像
[#改頁]

廿四年 夏

【田舍】
屋のむねのあやめゆるくや石の臼
水汲んだあとの濁りや杜若
花ひとつ折れて流るゝ菖蒲かな
杜若畫をうつしたる溝のさび
やさしくもあやめ咲きけり木曾の山
一日の旅路しるきや蝸牛

【蝸牛 結字 水】
雨水のしのぶつたふやかたつぶり
やすんたる日より大工の衣かへ
うたゝねの本落しけり時鳥
郭公のきの雫のほつり/\
目にちらり木曾の谷間《ハザマ》の子規
ほとゝきす木曾はこの頃山つゝじ

【輕井澤】
山※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、28−3]は萌黄淺黄やほとゝきす
折りもをり岐岨の旅路を五月雨

【祈晴】
はれよ/\五月もすぎて何の雨
こと/″\く團扇破れし熱さ哉

【都の人を伴ふて郊外に行く】
春 君が代の苗代見せう都人[#「春」は上部に出ている]
ふきかへす簾の下やはすの花

【ある人のみまかりしをいたみて】
此上にすわり給へとはすの花
のびたらで花にみじかきあふひ哉
屏の上へさきのほりけり花葵
手水鉢横にころけて苔の花

【少年の寫眞に題す】
竹の子のきほひや日※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、29−2]に二三寸

【蟠松子の村莊をいづる時】
門さきにうつむきあふや百合の花
眞帆片帆どこまで行くぞ青嵐
紫陽花や壁のくづれをしぶく雨
何代の燈籠の苔か雪の下

【信州山中】
鶯や野を見下せは早苗とり
鰻まつ間をいく崩れ雲の峯
藻の花や鶺鴒の尾のすれ/\に
岩※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、29−12]のわれめ/\や山つゝじ

【舟下岐蘇川】
下り舟岩に松ありつゝじあり

【蝉 文字結 頭】
腦病の頭にひゞくせみの聲
せみのなく木かげや馬頭觀世音
涼しさや行燈消えて水の音
涼しさや葉から葉へ散る蓮の露
夕立や松とりまいて五六人
思ひよらぬ木末の聲やくらべ馬
夕顏の露に裸の男かな
雨乞の中の一人やわたし守

【梦中清水といふ題を得て】
夕立の過ぎて跡なき清水哉
ラムネの栓天井をついて時鳥
[#改頁]

明治廿四年 秋
時候 人事 天文 地理

ふつくりと七面鳥のたつや秋
鷄のゆかへ上りぬ秋のくれ
床の間の達磨にらむや秋のくれ

【達磨圖】
何と見たぬしの心ぞあきのくれ
草も木も竹も動くやけさの秋

【あるおそろしき女を】
稻妻のかほをはしるや※[#「※」は「火へん+禾」、第4水準2−82−81、31−10]のくれ
案山子ものいはゞ猶さびしいそ秋の暮
をかしうに出來てかゞしの哀也
汝かゞしそもさんか秋の第一義
送火や朦朧として佛だち
送火や灰空に舞ふ秋の風
秋もはや七日の月のたのもしき
さる程に秋とはなりぬ風の音
高黍や百姓涼む門の月
並松はまばら/\や三日の月

【三津いけすにて】
初汐や帆柱ならぶ垣の外
蒔繪なんぞ小窓の月に雁薄

【畑中村老松】
順禮の夢をひやすや松の露

【川の内近藤氏に宿りて】
山もとのともし火動く夜寒哉
君が代や調子のそろふ落水
婆※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、32−14]いはく梟なけば秋の雨
名月や松に音ある一軒家

【留別】
これ見たか秋に追はるゝうしろ影

【音頭瀬戸】
秋風や伊豫へ流るゝ汐の音

【嚴嶋】
ゆら/\と廻廊浮くや秋の汐

【松山城】
松山や秋より高き天主閣

【小豆嶋寒懸】
頭上の岩をめぐるや秋の雲

【當年二十五歳】
痩せたりや二十五年の秋の風

【待戀】
待つ夜半や月は障子の三段目

【十五夜百花園をおとづれしに戸を閉ぢたれば】
名月や叩かば散らん萩の門

【龜戸天神】
秋風やはりこの龜のぶらん/\
秋に形あらば糸瓜に似たるべし
行燈のとゞかぬ松や三日の月
觀念の耳の底なり秋の聲
夕月のやゝふくれけり七八日
薄より萱より細し二日月
旅寐九年故郷の月ぞあり難き

【大宮驛の醫師がり行きて】
大宮に秋さびけらし醫者の顏
秋の風捨子の聲に似たる哉
日は西におしこまれけりけふの月
山の秋の雲徃來す不動尊
原中や野菊に暮れて天の川
順禮は花のうてなと歌ひけり秋の暮
児二人並んで寐たる夜寒哉
二軒家は二軒とも打つ砧哉
月の秋菊の秋それらも過ぎて暮の秋
神さびて秋さびて上野さびにけり
一つ家に泣聲まじる砧哉
狼の人くひに出る夜寒哉

【岡山後樂園 三句】
鶴一つ立つたる秋の姿哉
はつきりと垣根に近
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