し秋の山
秋さびた石なら木なら二百年

【豐橋客舍】
次の間に唄ひ女の泣く夜長哉

【歸京】
都には何事もなし秋の風

【犬骨を得たり】
風を秋と聞く時ありて犬の骨

【常盤會寄宿舍二號室にて】
火ちら/\足もとはしる秋の風

【川越客舍】
砧うつ隣に寒きたひね哉
猿曳は妻も子もなし秋のくれ
猿ひきを猿のなぶるや秋のくれ
秋のくれ壁見るのでもなかりけり

【贈高濱虚子】
三日月はたゞ明月のつぼみ哉
稻妻に行きあたりたる闇夜哉
どこで引くとしらで廣がる鳴子哉

廿四年 秋 動物

秋の蚊や親にもらふた血をわけん
横窓は嵯峨の月夜や蟲の聲
浮樽や小嶋ものせて鰯引
辻君のたもとに秋の螢かな
小男鹿の通ひ路狹し萩の風
落鮎や小石/\に行きあたり
秋のくれ鱸を釣れば面白し
あぜ道や稻をおこせば螽飛ぶ
秋の蚊を追へどたわいもなかりけり
日にさらす人の背中や秋の蠅
鈴蟲や露をのむこと日に五升
忘れたる笠の上なり石たゝき
蜩や椎の實ひろふ日は長き
蜻蛉やりゝととまつてついと行
わびしげに臑をねぶるや秋の蠅
追ひつめた鶺鴒見えず溪の景

廿四年 秋 植物

これ程の秋を薄のおさえけり
三日月の重みをしなふすゝきかな
石上の梦をたゝくや桐一葉
見てをればつひに落ちけり桐一葉

【山姥の圖】
奧山や秋はと問へばすゝきかな
朝※[#「※」は「白+はち」、第3水準1−14−51、38−10]のひるまでさいて秋の行
折れもせで凋む木槿の哀れなり
    繩
馬つなぐ綱にこかるゝ木槿かな
[#「繩」は「綱」の右側に注記するような形で]
そよ/\とすゝき動くや晴るゝ霧
蜑か家のかこひもなしに蘆の花

【菊慈童圖】
九日も知らぬ野菊のさかり哉
城あとや石すえわれて蓼の花
はちわれて實をこぼしたる柘榴哉
氣車路や百里餘りを稻の花
奧山やうねりならはぬ萩のはな
萩薄秋を行脚のいのちにて
    さいてや赤しイ
葉も花になつてしまうか※[#「※」は「「曼」で「又」のかわりに「方」をあてる」、39−8]珠沙花
[#「さいてや赤しイ」は「なつてしまうか」の右側に注記するような形で]
一、二を生し二、三を生す我亦香

【大宮氷川公園】
ふみこんで歸る道なし萩の原
葛花や何を尋ねてはひまわる
行く秋のふらさかりけり烏瓜
石女の鬼燈ちぎる哀れ也(嵐雪の句に 石女の雛かしつくそ哀也)
[#「(嵐雪の句に 石女の雛かしつくそ哀也)」は「石女の鬼燈ちぎる哀れ也」の下にポイントを下げて2行で、カッコはその2行を括る形で]

【氷川公園万松樓】
ぬれて戻る犬の背にもこぼれ萩
一句なかるべからずさりとてはこの萩の原
何の思ひ内にあればや蕃椒
まいた餌に※[#「※」は「奚+隹」、第3水準1−93−66、40−3]もどる菊畠
武藏野に月あり芒八百里
夕日さす紅葉の中に小村哉
痩村と思ひの外の紅葉哉

【十月廿四日平塚より子安に至る道に日暮て】
稻の香や闇に一すぢ野の小道

【翌廿五日大山に上りて】
野菊折る手元に低し伊豆の嶋
一枝は荷にさしはさむ菊の花
隣からそれて落ちけり桐一葉
落葉かく子に茸の名を尋けり
順禮の木にかけて行く落穗哉
[#改頁]

明治廿四年 冬

鐘つきはさびしがらせたあとさびし

【人之性善】
濁り井の氷に泥はなかりけり
木枯や木はみな落ちて壁の骨
小烏の鳶なぶりゐる小春哉

【(はせを忌)】
頭巾きて老とよばれん初しくれ
三日月を相手にあるく枯野哉
秋ちらほら野菊にのこる枯野哉
冬かれや田舍娘のうつくしき
夕日負ふ六部背高き枯野哉
埋火や隣の咄聞てゐる
雲助の睾丸黒き榾火哉
小春日や淺間の煙ゆれ上る
木枯やあら緒くひこむ菅の笠
順禮の笠を霰のはしりかな

【松山百穴】
神の代はかくやありけん冬籠
笹の葉のみだれ具合や雪模樣
しばらくは笹も動かず雪模樣
[#「笹の葉の」と「しばらくは」の句の上には、この二つの句を括る波括弧あり]

冬 動物

水鳥の四五羽は出たり枯尾花
枯あしの折れこむ舟や石たゝき
鴨ねるや舟に折れこむ枯尾花
[#「枯あしの」と「鴨ねるや」の句の上には、この二つの句を括る波括弧あり]
千鳥なく灘は百里の吹雪哉
水鳥のすこしひろがる日なみ哉
枯あしの雪をこほすやをしのはね
鷹狩や陣笠白き人五人
耳つくや下より上へさす夕日
賈島痩せ孟郊寒し雪の梅
枯あしや名もなき川の面白き
馬の尾に折られ/\て枯尾花

【田舍】
わらんべの酒買ひに行く落葉哉
順禮一人風の落葉に追はれけり
笘の霜夜の間にちりし紅葉哉
[#改頁]

明治廿五年
(廿五年)新年

【御題 旭出山】
不盡赤し筑波を見れは初日の出

【元日戀 課題】
初日の出隣のむすめお白粉未だつけず
死ぬものと誰も思はず花の春
御降の氷の上にたまりけり

【簔一枚笠一個簔は房州の雨にそほち笠は川越の風にされたる
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