よ外國に行はるゝ文學思想も取れよと申す事に就きて日本文學を破壞する者と思惟する人も有之げに候へどもそれは既に根本に於て誤り居候。たとひ漢語の詩を作るとも洋語の詩を作るとも將《は》たサンスクリツトの詩を作るとも日本人が作りたる上は日本の文學に相違無之候。唐制に摸して位階も定め服色も定め年號も定め置き唐ぶりたる冠衣を著け候とも日本人が組織したる政府は日本政府と可申候。英國の軍艦を買ひ獨國の大砲を買ひそれで戰に勝ちたりとも運用したる人にして日本人ならば日本の勝と可申候。併し外國の物を用うるは如何にも殘念なれば日本固有の物を用ゐんとの考ならば其志には贊成致候へども迚も日本の物ばかりでは物の用に立つまじく候。文學にても馬、梅、蝶、菊、文等の語をはじめ一切の漢語を除き候はゞ如何なる者が出來候べき。源氏物語枕草子以下漢語を用ゐたる物を排斥致し候はゞ日本文學は幾何か殘り候べき。それでも痩我慢に歌ばかりは日本固有の語にて作らんと決心したる人あらばそは御勝手次第ながら其を以て他人を律するは無用の事に候。日本人が皆日本固有の語を用うるに至らば日本は成り立つまじく日本文學者が皆日本固有の語を用ゐたらば日本文學は破滅可致候。
 或は姑息にも馬、梅、蝶、菊、文等の語はいと古き代より用ゐ來りたれば日本語と見做すべしなどいふ人も可有之候へどいと古き代の人は其頃新しく輸入したる語を用ゐたる者にて此姑息論者が當時に生れ居らばそれをも排斥致し候ひけん。いと笑ふ可き撞着に御座候。假に姑息論者に一歩を借して古き世に使ひし語をのみ用うるとして、若し王朝時代に用ゐし漢語だけにても十分に之を用ゐなば猶和歌の變化すべき餘地は多少可有之候。されど歌の詞《ことば》と物語の詞とは自ら別なり物語などにある詞にて歌には用ゐられぬが多きなど例の歌よみは可申候。何たる笑ふ可き事には候ぞや。如何なる詞にても美の意を運ぶに足るべき者は皆歌の詞と可申之を外にして歌の詞といふ者は無之候。漢語にても洋語にても文學的に用ゐられなば皆歌の詞と可申候。[#地から2字上げ]〔日本 明治31[#「31」は縦中横]・2・28[#「28」は縦中横]〕
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 八たび歌よみに與ふる書


 惡《あし》き歌の例を前に擧げたれば善き歌の例をこゝに擧げ可申候。惡き歌といひ善き歌といふも四つや五つばかりを擧げたりとて愚意を盡すべくも候はねど無きには勝りてんと聊《いささ》か列《つら》ね申候。先づ金槐和歌集などより始め申さんか。
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武士の矢並つくろふ小手の上に霰たはしる那須の篠原
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といふ歌は萬口一齊に歎賞するやうに聞き候へば今更取りいでゝいはでもの事ながら猶御氣のつかれざる事もやと存候まゝ一應申上候。此歌の趣味は誰しも面白しと思ふべく又此の如き趣向が和歌には極めて珍しき事も知らぬ者はあるまじく又此歌が強き歌なる事も分り居り候へども、此種の句法が殆ど此歌に限る程の特色を爲し居るとは知らぬ人ぞ多く候べき。普通に歌はなり、けり、らん、かな、けれ抔の如き助辭を以て斡旋せらるゝにて名詞の少きが常なるに、此歌に限りては名詞極めて多く「てにをは」は「の」の字三、「に」の字一、二個の動詞も現在になり(動詞の最短き形)居候。此の如く必要なる材料を以て充實したる歌は實に少く候。新古今の中には材料の充實したる句法の緊密なる稍此歌に似たる者あれど猶此歌の如くは語々活動せざるを覺え候。萬葉の歌は材料極めて少く簡單を以て勝る者、實朝一方には此萬葉を擬し一方には此の如く破天荒の歌を爲す、其力量實に測るべからざる者有之候。又晴を祈る歌に
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時によりすくれは民のなけきなり八大龍王雨やめたまへ
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といふがあり恐らくは世人の好まざる所と存候へどもこは生の好きで/\たまらぬ歌に御座候。此の如く勢強き恐ろしき歌はまたと有之間敷、八大龍王を叱※[#「口+它」、第3水準1−14−88]する處龍王も懾伏《せふふく》致すべき勢相現れ申候。八大龍王と八字の漢語を用ゐたる處雨やめたまへと四三の調を用ゐたる處皆此歌の勢を強めたる所にて候。初三句は極めて拙き句なれども其一直線に言ひ下して拙き處却て其眞率僞りなきを示して祈晴《きせい》の歌などには最も適當致居候。實朝は固より善き歌作らんとて之を作りしにもあらざるべく只眞心より詠み出でたらんがなか/\に善き歌とは相成り候ひしやらん。こゝらは手のさきの器用を弄し言葉のあやつりにのみ拘《こだは》る歌よみどもの思ひ至らぬ場所に候。三句切の事は猶他日|詳《つまびらか》に可申候へども三句切の歌にぶつゝかり候故一言致置候。三句の歌詠むべからずなどいふは守株《しゆしゆ》の〈論〉にて論ずるに足らず候へども三句切の歌は尻輕くなるの弊有之候。此弊を救ふた
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