とも、霞の上に藻汐焚く煙のなびく由尋常に詠まばつまらぬ迄も斯る厭味は出來申間敷候。
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心あてに折らはや折らむ初霜の
       置きまとはせる白菊の花
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 此|躬恒《みつね》の歌百人一首にあれば誰も口ずさみ候へども一文半文のねうちも無之駄歌に御座候。此歌は嘘の趣向なり、初霜が置いた位で白菊が見えなくなる氣遣無之候。趣向嘘なれば趣も絲瓜も有之不申、蓋しそれはつまらぬ嘘なるからにつまらぬにて、上手な嘘は面白く候。例へば「鵲《かささぎ》のわたせる橋におく霜の白きを見れば夜ぞ更けにける」面白く候。躬恒のは瑣細《ささい》な事を矢鱈《やたら》に仰山に述べたのみなれば無趣味なれども家持のは全く無い事を空想で現はして見せたる故面白く被感候。嘘を詠むなら全く無い事とてつもなき嘘を詠むべし、然らざれば有の儘に正直に詠むが宜しく候。雀が舌|剪《き》られたとか狸が婆に化けたなどの嘘は面白く候。今朝は霜がふつて白菊が見えんなどと眞面目らしく人を欺く仰山的の嘘は極めて殺風景に御座候。「露の落つる音」とか「梅の月が匂ふ」とかいふ事をいふて樂む歌よみが多く候へども是等も面白からぬ嘘に候。總て嘘といふものは一二度は善けれどたび/\詠まれては面白き嘘も面白からず相成申候。況して面白からぬ嘘はいふ迄も無く候。「露の音」「月の匂」「風の色」などは最早十分なれば今後の歌には再び現れぬやう致したく候。「花の匂」などいふも大方は嘘なり、櫻などには格別の匂は無之、「梅の匂」でも古今以後の歌よみの詠むやうに匂ひ不申候。
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春の夜の闇はあやなし梅の花
       色こそ見えね香やは隱るゝ
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「梅闇に匂ふ」とこれだけで濟む事を三十一文字に引きのばしたる御苦勞加減は恐れ入つた者なれどこれも此頃には珍らしき者として許すべく候はんに、あはれ歌人よ「闇に梅匂ふ」の趣向は最早打どめに被成ては如何や。闇の梅に限らず普通の梅の香も古今集だけにて十餘りもありそれより今日迄の代々の歌よみがよみし梅の香はおびたゞしく數へられもせぬ程なるにこれも善い加減に打ちとめて香水香料に御用ひ被成《なされ》候は格別其外歌には一切之を入れぬ事とし鼻つまりの歌人と嘲らるゝ程に御遠ざけ被成ては如何や。小さき事を大きくいふ嘘が和歌腐敗の一大原因と相見え申候。
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