方に偏しをり候へば、あるいはまた強き歌をのみ好むかと被考《かんがえられ》候はん。なほ多少の例歌を挙ぐるを御待可被下《おまちくださるべく》候。
[#地から2字上げ](明治三十一年三月一日)
[#改ページ]
九《ここの》たび歌よみに与ふる書
一々に論ぜんもうるさければただ二、三首を挙げ置きて『金槐集』以外に遷《うつ》り候べく候。
[#ここから2字下げ]
山は裂け海はあせなん世なりとも君にふた心われあらめやも
箱根路をわが越え来れば伊豆《いず》の海やおきの小島に波のよる見ゆ
世の中はつねにもがもななぎさ漕ぐ海人《あま》の小舟《おぶね》の綱手かなしも
大海《おおうみ》のいそもとどろによする波われてくだけてさけて散るかも
[#ここで字下げ終わり]
箱根路の歌極めて面白けれども、かかる想は古今に通じたる想なれば、実朝がこれを作りたりとて驚くにも足らず、ただ「世の中は」の歌の如く、古意古調なる者が万葉以後において、しかも華麗を競ふたる新古今時代において作られたる技倆《ぎりょう》には、驚かざるを得ざる訳にて、実朝の造詣《ぞうけい》の深き今更申すも愚かに御座候。大海の歌実朝の
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