て、愚意を尽すべくも候はねど、なきには勝《まさ》りてんと聊《いささ》か列《つら》ね申候。先づ『金槐和歌集《きんかいわかしゅう》』などより始め申さんか。
[#ここから2字下げ]
武士《もののふ》の矢並つくろふ小手の上に霰《あられ》たばしる那須の篠原
[#ここで字下げ終わり]
といふ歌は万口《ばんこう》一斉《いっせい》に歎賞《たんしょう》するやうに聞き候へば、今更取り出でていはでもの事ながら、なほ御気のつかれざる事もやと存候まま一応申上候。この歌の趣味は誰しも面白しと思ふべく、またかくの如き趣向が和歌には極めて珍しき事も知らぬ者はあるまじく、またこの歌が強き歌なる事も分りをり候へども、この種の句法が殆《ほとん》どこの歌に限るほどの特色を為《な》しをるとは知らぬ人ぞ多く候べき。普通に歌はなり、けり、らん、かな、けれ抔《など》の如き助辞を以て斡旋《あっせん》せらるるにて名詞の少きが常なるに、この歌に限りては名詞極めて多く「てにをは」は「の」の字三、「に」の字一、二個の動詞も現在になり(動詞の最《もっとも》短き形)をり候。かくの如く必要なる材料を以て充実したる歌は実に少く候。新古今の中には材
前へ
次へ
全43ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 子規 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング