を圧して囂々《がうがう》と通り過ぎた。
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蛍一ついづこよりか枕もとの硯箱に来てかすかに火をともせり。母は買物にとて坂本へ出で行き給へり。
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 上野の森に今迄鳴いて居た梟ははたと啼き絶えた。
 最合井の辺に足音がとまつて女二人の話は始まつた。
 一口二口で話が絶えると足音は南の家に這入つた。
 例の唱歌は一旦絶えて又始まつたが今度は「支那のチヤン/\坊主は余ッ程弱いもの」といふ歌に変つた。しばらくして軽業の口上に変つた。同時に二三人が何やらしやべつて居る。終に総笑ひとなつた。
 列車の少い汽車が通つた。
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午後九時より十時迄
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 東隣の家へ、此お屋敷の門番の人が来て、庭へ立ちながら話してすぐ帰つた。
 南の家で、窓から外へ痰を吐いた。
 誰やら水汲みに来た。
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障子を閉さしむ
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 南の家では、入口の前で、闇に行水する様子だ。
 下り列車が通つた。
 遠くに沢山の犬が吠える。
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体温を閲す、卅八度五分。
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