。露月獨り言はず、立どころに三椀を盡す。
一、マー坊出沒常無し、こゝに隱れ彼處に現る。或は飯櫃の邊に彷徨し、或は碧梧桐の膝に上る。やがて向ひ側にある父の顏を見るや其側こひしく、碧梧桐の背を通り拔け牛伴のうしろより進まんとし、忽ち鳴雪翁の髯に逢著して泣き/\走り返る。鳴雪翁直ちに髯を掩ふて曰く、わるかつた/\。
一、下戸も喰ひ、上戸も喰ひ、すこやかなる者も喰ひ、病める者も喰ひ、飯喰ふた者も喰ひ、飯喰はぬ者も喰ふ。喰ひ/\て鍋の底現るゝ時、第二の鍋は來りぬ。衆皆腹を撫でゝ未だ手を出さゞるに、露月默々として既に四椀目を盛りつゝあり。
一、初は牛飮馬食の勢あり。中頃は牛を飮み馬を食ふの慨あり。第二の鍋未だ半を盡さゞるに、胃滿ち神疲れ、漸く牛に飮まれ馬に食はれんずるの有樣を示しぬ。我は柿腹を抱えて衆に先だつて歸る。
一、圖中の名は各人の位置を示し、名の下には各の持寄り品を示す。但し後日調べたる者と知るべし。
一、名の上に記したる句は各人の作なり。
一、鳴雪翁は別に蛤一箇宛を椀に入れて各に配る。之に湯を注げば蛤自ら開きて昆布、辻占、麩、鰕など躍り出る仕掛なり。
一、四方太闇汁十句の作あり。其内
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芋買うて歸れば露月既に在り  四方太
闇汁の南瓜におくれ里の芋  同
芋五合大汁鍋の底に在り  同
里芋を二つの鍋に分ちけり  同
芋入れて汁が煮えくりかへるかな  同
芋買うて臺所から上りけり  同
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底本:「ほとゝきす 第三卷第二號」ほとゝきす發行所
   1899(明治32)年11月10日発行
※底本では、「廻」と「※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]」が混在していますが、そのままにしました。
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(大石尺)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2004年11月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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