棒を捨てて第一基に向い一直線に走る。この時打者は走者《ラナー》となる。打者が走者となれば他の打者は直ちに本基の側に立つ。しかれども打者の打撃《だげき》球に触れざる時は打者は依然《いぜん》として立ち、攫者《キャッチャー》は後(一)にありてその球を止めこれを投者《ピッチャー》に投げ返す。投者は幾度となく本基に向って投ずべし。かくのごとくして一人の打者は三打撃を試むべし。第三打撃の直球《ジレクトボール》(投者の手を離れていまだ土に触れざる球をいう)棒《バット》と触れざる者|攫者《キャッチャー》よくこれを攫《かく》し得ば打者は除外《アウト》となるべし。攫者これを攫し能わざれば打者《ストライカー》は走者《ラナー》となるの権利あり。打者の打撃したる球《ボール》空に飛ぶ時(遠近に関せず)その球の地に触れざる前これを攫する時は(何人にても可なり)その打者は除外となる。
(未完)[#地から2字上げ](七月二十三日)
○ベースボールの球[#「ベースボールの球」に白ゴマ傍点](承前) 場中に一人の走者《ラナー》を生ずる時は球《ボール》の任務は重大となる。もし走者同時に二人三人を生ずる時は更《さら》に任務重大となる。けだし走者の多き時は遊技いよいよ複雑となるにかかわらず球は終始ただ一個あるのみなればなり。今走者と球との関係を明かにせんに走者はただ一人|敵陣《てきじん》の中を通過せんとするがごとき者、球は敵の弾丸《だんがん》のごとき者なり。走者は正方形(前回の図を参照すべし)の四辺を一周せんとする者にして一歩もこの線外に出ずるを許さずしかしてこの線上において一たび敵の球に触るれば立どころに討ち死[#「この線上において一たび敵の球に触るれば立どころに討ち死」に白丸傍点](除外《アウト》)を遂ぐべし[#「を遂ぐべし」に白丸傍点]。※[#始め二重括弧、1−2−54]ここに球に触るるというは防者の一人が手に球を持ちてその手を走者の身体の一部に触るることにして決して球を敵に投げつくることに非ず[#「ここに球に触るるというは防者の一人が手に球を持ちてその手を走者の身体の一部に触るることにして決して球を敵に投げつくることに非ず」に傍点]。もし投げたる球が走者に中《あた》れば死球《デッドボール》といいて敵を殺さぬのみならずかえって防者の損になるべし※[#終わり二重括弧、1−2−55]されば走者がこの危険の中に身を投じて唯一《ゆいいつ》の塁壁《るいへき》と頼《たの》むべきは第一第二第三の基《ベース》なり。けだし走者の身体の一部この基[#「けだし走者の身体の一部この基」に傍点](坐蒲団《ざぶとん》のごとき者)に触れおる間は敵の球たとい身の上に触るるも決して除外とならず[#「に触れおる間は敵の球たとい身の上に触るるも決して除外とならず」に傍点]。(この場合において基は鬼事《おにごと》のおか[#「おか」に白丸傍点]のごとし)故に走者はなるべく球の自己に遠かる時を見て疾走《しっそう》して線を通過すべし。例えば走者第一基にあり、これより第二基に到《いた》らんとするには投者《ピッチャー》が球を取て本基(の打者《ストライカー》)に向って投ずるその瞬間《しゅんかん》を待ち合せ球手を離るると見る時走り出すなり。この時|攫者《キャッチャー》はその球を取るやいなや直ちに第二基に向って投ずべく第二|基人《ベースマン》はその球を取りて走者に触れんと擬《ぎ》すべし。走者は匆卒《そうそつ》の際にも常に球の運動に注目しかかる時直ちに進んで険を冒《おか》し第二基に入るか退いて第一基に帰るかを決断しこれを実行せざるべからず。第二基より第三基に移る時もまたしかり。第三基より本基《ホームベース》に回る時もまたしかり。但《ただし》第三基は第二基よりも攫者に近く本基は第三基よりも獲者に近きをもって通過せんとするには次第に危険を増すべし。走者《ラナー》二人ある時は先に進みたる走者をまず斃《たお》さんとすること防者が普通の手段なり。走者三人ある時はこれを満基《フルベース》という。(一基に走者一人以上留まることを許さず故に走者は三人をもって最多数とす)満基の時打者が走者となれば今までの走者は是非《ぜひ》とも一基ずつ進まざるべからず。これ最も危険なる最も愉快《ゆかい》なる場合にしてこの時の打者の一撃《いちげき》は実に勝負にも関すべく打者もし好球を撃《う》たば二人の廻了《ホームイン》を生ずることあり、もし悪球を撃たば三人ことごとく立尽《スタンジング》(あるいは立往生という)に終ることさえあるなり。とにかく走者多き時は人は右に走り左に走り球は前に飛び後に飛び局面|忽然《こつぜん》変化して観者をしてその要を得ざらしむることあり。球戯《ベースボール》を観る者は球を観るべし[#「を観る者は球を観るべし」に白丸傍点]。
○ベースボ
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