架上の耶蘇だと見えて首をうなだれて眼をつぶつて居るが、それにも拘らず頭の周囲には丸い御光が輝いて居る。耶蘇が首をあげて眼を開くと、面頬を著けた武士の顔と変つた。その武者の顔をよく/\見て居る内に、それは面頬でなくて、口に呼吸器を掛けて居る肺病患者と見え出した。其次はすつかり変つて般若の面が小く見えた。それが消えると、癩病の、頬のふくれた、眼を剥いたやうな、気味の悪い顔が出た。試に其顔の恰好をいふと、文学者のギボンの顔を飴細工でこしらへて其顔の内側から息を入れてふくらました、といふやうな工合だ。忽ち火が三つになつた。
何か出るであらうと待つて居ると又前の耶蘇が出た。これではいかぬと思ふて、少く頭を後へ引くと、視線が変つたと共にガラスの疵の工合も変つたので、火の影は細長い鍵の様な者になつた。今度は屹度風変りの顔が見えるだらうと見て居たけれど、火の形が変なためか一向何も現れぬ。やゝ暫くすると何やら少し出て来た。段々明らかになつて来ると仰向に寝た人の横顔らしい。いよ/\さうときまつた。眼は静かに塞いで居る。顔は何となく沈んで居て些の活気も無い。たしかにこれは死人の顔であらう。見せ物はこれでおやめにした。
底本:「日本の名随筆73 火」作品社
1988(昭和63)年11月25日第1刷発行
1992(平成4)年9月20日第6刷発行
底本の親本:「子規全集 第一〇巻」改造社
1929(昭和4)年10月発行
入力:門田裕志
校正:小林繁雄
2003年9月14日作成
青空文庫作成ファイル:
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