も容易に伸ばす事が出来んやうになつてしまふ。今日も昼からつゞけざまに書いて居るので大分くたびれたから、筆を投げやつて、右の肱を蒲団の外へ突いて、頬杖をして、暫く休んだ。熱と草臥とで少しぼんやりとなつて、見るとも無く目を張つて見て居ると、ガラス障子の向ふに、我枕元にあるラムプの火の影が写つて居る。もつともガラスとラムプの距離は一間余りあるので火の影は揺れて稍※[#二の字点、1−2−22]大きく見える。それを只見つめて居ると涙が出て来る。すると灯が二つに見える。けれどもガラスの疵の加減であるか、其二つの灯が離れて居ないで不規則に接続して見える。全くの無心で大きな火の影を見てゐると其火の中に俄に人の顔が現れた。
 見ると西洋の画に善くある、眼の丸い、くる/\した子供の顔であつた。それが忽ち変つて高帽の紳士となつた。もつとも帽の上部は見えて居らぬ。首から下も見えぬけれど何だか二重廻しを著て居るやうに思はれた。其顔が三たび変つた。今度は八つか九つ位の女の子の顔で眼は全く下向いて居る。額際の髪にはゴムの長い櫛をはめて髪を押へて居る。四たび変つて鬼の顔が出た。此顔は先日京都から送つてもらふた牛祭の鬼の面に似て居る。筒様にして順々に変つて行く時間が非常に早く且つ其顔は思はぬ顔が出て来るので、今度は興に乗つてどこ迄変化するかためして見んと思ひはじめた。丸で見せ物でも見るやうな気になつたのだ。さう思ふとそれから変りやうが稍※[#二の字点、1−2−22]遅くなつた。
 其次には猿の顔が出た。それが西洋の昔の学者か豪傑かの顔と変つた。其顔は少し横向きで柔かな髪は肩迄垂れて居る。極めて優しい顔であるが只見たやうに思ふだけで誰の肖像か分らぬ。それから暫くは火が輝いて居るばかりで何の形も現れて来ぬ。猶見つめて居ると火の真中に極めて明るい一点が見えて来た。それが次第に大きくなつて往く。終に一つの大目玉が成り立つた。それが崩れると又暫く何も出来ずに居たが、やう/\丸髷の女が現れた。其の女の鬢が両方へ張つて居るのは四方へ放つて居る光線がさう見えるのである。其光線の鬢は白くまばらなので石膏細工の女かと思はれた。此女は初め下向いて眼を塞いで居たが、其眼を少しづゝ明けながら其顔を少しづゝあげると、段々すさまじい人相になつて、遂に髪の逆立つた三宝荒神と変つてしまふた。荒神様が消えると耶蘇が出て来た。これは十字
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