ニ、薤形《らっきょうがた》になっているその狭いほうの端が径十一インチ、広い方は十九インチある。そこで、死んだアリスとほぼ同じ身長、同じ体重の女の座位における腰部の周囲を測ってみたところが、その浴槽の細い部分へ坐ることは窮屈《きゅうくつ》で、とうてい不可能であることを断定し得た。この謎を解こうとして、内務省|嘱託《しょくたく》の法医学者バアナアド・スピルスベリイ卿が法廷へ出張して、湯を張った浴槽を持ち出し、海水着を着たロンドン病院の看護婦を相手に、スミスの犯罪を実演してみた。その結果、スミスの用いた殺人法というのは、まず、相手が無心に湯に浸《つ》かっているところを、急激に片手で頭部を押して顔を股の間へ沈める。同時に、他の手を、女の両膝の下へ差し込んで、その下半身をぐっと上に持ちあげるのだ。こうすると、女は、湯槽の底へ顔を押しつけてちょうどSの字の恰好《かっこう》になる。跪《ひざまず》くやつを、ぎゅっと押えて、しばらくそのままにしているのだ。やがて、完全な溺《でき》死を待って静かに浴槽中にもどすと、屍《し》体は、頭の方を先に湯の底を潜《くぐ》って、逆に浴槽の細い部分へつくというのである。そのとおりかと裁判長に訊《き》かれた時、スミスは笑って答えなかった。控訴も上告も棄却《ききゃく》されて、死刑の執行を受けたのは、ケント州刑務所でだった。刑を宣告されたのが七月二十九日で、刑死は八月十三[#「十三」に傍点]日、失神状態で絞首台に助けあげられた。
 When he was dead he was dead.



底本:「浴槽の花嫁−世界怪奇実話1」教養文庫、社会思想社
   1975(昭和50)年6月15日初版第1刷発行
   1997(平成9)年9月30日初版第8刷発行
※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空文庫)
※底本の表記を誤植と判断するにあたっては、「一人三人全集※[#ローマ数字V、1−13−25] 世界怪奇実話 浴槽の花嫁」1969(昭和44)年11月5日初版発行を参照しました。
入力:大野晋
校正:原田頌子
2002年2月13日公開
2003年9月27日修正
青空文庫作成ファイル:
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