フ女にだけは人間的な片鱗《へんりん》を見せて、「浴槽の花嫁」で金を得次第、いつも矢のようにペグラアの許《もと》に帰っている。彼が九十ポンドの資本でブリストルの町に小さな骨董《こっとう》屋を開いたのも、この女がいるためだった。結婚もこのペグラアとだけはちゃんと本名のジョウジ・ジョセフ・スミスでしている。一生をつうじてただ一度の例だ。真実に愛していたと見えて、スミスはペグラアに何事も知れないようにしゅうし極度に骨を折っている。不規則に家をあけて他の女と同棲していた期間のことを、彼は常に商用で外国へ旅行していたと告げていたので、ペグラアは最後までスミスの犯罪に気がつかなかった。一九〇九年に、サザンプトンのサリイ・ロウズ夫人が偶然にも同姓のジョウジ・ロウズと名乗る男と恋に落ちて、同棲するとまもなく浴槽で、「頓《とん》死」している。同時に、ジョウジ・ジョセフ・スミスは、三百五十ポンドばかりの現金を握って、ブリストルのエデスの所に帰っていた。それから三年ほど、彼らは平凡に、幸福な家庭生活を営んでいたのだろう。ちっと「浴槽の花嫁」が途切れているのだ。こんな怪奇な冷血漢がこの地上にただ一人の愛する者を
前へ 次へ
全53ページ中42ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧 逸馬 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング