セって断るつもりだったのだ。ウイルドハアゲン夫人は、名前でわかるとおりドイツ人である。時は一九一四年だ。その年以後の四年間、英国中のドイツ人とドイツ名の人間に、警察が密接な看視の眼を光らせていたことは、いうまでもない。このウイルドハアゲン家へも、しじゅう刑事が出入りして、まるで家族の一員のように台所で煙草《たばこ》なんか吹かしていた。で、この時も、ちょうどその刑事の一人が来あわせていたので、いま引き返してくる若い夫婦者を、なんとかして断りたいものだとウイルドハアゲン夫人が言うと、刑事はおやすい御用だと引き請《う》けて、手ぐすね引いて待っていた。そこへ、もうよいころだとロイド君夫婦が帰って来たので、女将《おかみ》の代りに刑事が飛び出して行って、そこは心得たもので、あっさり脅《おど》かして追っ払ってしまった。部屋を拒絶するにしても、なぜ刑事が応対に出たのか合点《がてん》がゆかないはずだが、ジョン・ロイドの方は顔色を土のようにして、花嫁の袖《そで》を引いてこそこそ立ち去って行った。ビスマアク街一五五にブラbチ夫人というのがやはり素人《しろうと》下宿をやっている。まもなくロイド夫妻はこの家へ現
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