ヌうような、あの妙にはかない独身者の移転生活を送っていた。このベシイ・マンデイ嬢が、ヘンリイ・ウイリアムズ―― Henry Wiliams[#「Wiliams」は底本では「Wilians」と誤植] ――これも山田太郎的に、変名で候《そうろう》といわんばかりの変名だ。どうもスミスは能のない変名ばかり選ぶ癖があったようだ――に会ったのは、そうしてさかんに引っ越して歩いていた素人《しろうと》下宿の一つであった。これが日本の話なら、さしずめ神田か本郷の下宿の場が眼に浮かんで、舞台の想描も容易なのだが、西洋だって、同じことだ。下宿屋の恋は、急テンポをもって進展するにきまっている。ことにこの場合は相手が職業的「女殺し」ヘンリイ・ウイリアムズである。ベシイ・マンディの探していたものが冒険と退屈|凌《しの》ぎなら、とうとう彼女は、理想的なそれに行き当ったわけだ。しかもとんでもない大冒険の後、ついに彼女は、もう退屈を感じる必要のない場所へ行ってしまった。例によって、裸体のまま¢cDら天国へ旅立ったのである。
ヘンリイ・ウイリアムズは、背丈《せたけ》の高い、小|綺麗《ぎれい》な紳士だった。敏捷《すばしっ》こく動く眼と、ロマンティックな顔の所有主だったとある。気位《きぐらい》の高いベシイ・コンスタンス・アニイ・マンディ嬢から観《み》れば、いささか教養の点に不満があったようだが、元来性的結合には、なんらの条件が予在しない。それに、こうして下宿屋を移り歩いていたというのは、つまりベシイ・マンディは三十三になっていて、淋《さび》しかったのである。賑《にぎ》やかな讃美者の群に取り巻かれている女王よりも、自分だけの女王の孤独の女のほうが、近代の都会では、より危険率が高いのだ。
しかし、この時は結婚というところまで漕《こ》ぎつけるのに、ヘンリイ・ウイリアムズもかなりの努力を要したのだった。それはベシイ・マンディが珍らしく古風な、宗教心の強い女だったので伝統的な婚約の期間として、彼はそうとうの日数を待たなければならなかった。が、結局二人はウェイマスへでかけて行って、三日ののち、そこの教会でこっそり式を挙げた。老嬢ベシイ・コンスタンス・アニイ・マンディは、ついに聖なる鎖《くさり》によってヘンリイ・ウイリアムズに継ながれたのである。その時の結婚登録を見ると、女のほうはわかっているが、ヘンリイ・ウイリア
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