――に当る。これは南亜も同じことだ。
 で、七月の末、ダアバンからケエプ・タウンに到る南亜弗利加の海上である。冬のことで、毎日緑灰色の海が大きく畝り、空は、暗い。濡れた帆布のような重い風が、時どき大粒の雨を運んで、鴎も、この遠い港と港の中間までは船を追って来ないのである。地球の真下に当る黒い海を、|放浪の貨物船《トランプ・フレイタア》クラン・マッキンタイア号は、退屈な機関の音を立てて刻むように進んで行く――。
 一説には、このダアバンからケエプ・タウン迄の航海の間に、クラン・マッキンタイア号は未だ何の船も経験しなかった程の大暴風雨に逢ったとも言うし、また別の説には、暴風雨《あらし》に遭遇したことは事実だけれど、この季節の此の辺の海ではよくある程度のもので、決して非道い荒れではなかったともある。それから、第三説には、暴風雨どころか、冬の南海には珍らしいほどの凪ぎで、風一つない穏やかな日和《ひより》が続き、クラン・マッキンタイア号は静か過ぎる位いしずかな航海を持ってケエプ・タウンへ入港したのだとも言う。三つの記録物に夫れぞれ主張が別れていて、今となっては確かめようもないが、いま仮りに第一の説に従って話しを進めて行くと、ワラタ号に追い抜かれた二十七日の夜晩くからかけて、翌二十八日一ぱい、その、航海の歴史にないほどの猛烈な暴風雨に出っくわしたクラン・マッキンタイア号は、約二昼夜揉みに揉まれた末、予定が遅れて、やっとのことで飜弄されるように目的地のケエプ・タウン港へ送り込まれた。入港と同時に、規則に依り、途中、後から来たワラタ号に追い抜かれて信号を交し、同船――ワラタ号も、此のケエプ・タウン港に向っていることを聞き知ったが――と、クラン・マッキンタイア号から早速ケエプ・タウン海事局へ届け出る。それとともに、そのワラタ号と別れてから記録的な大暴風雨に襲われ、そのため遅着した事も併せて報告された。ワラタはまだケエプ・タウンに入港《はい》っていない。が、誰も未だ心配する者はなかった。クラン・マッキンタイア号の言うような、何んな大|荒海《しけ》があったにしたところで、その小さなぼろ船でさえ可うやら突破して来た位いだから、同船より遙かに大きく新しいワラタ号が、乗り切れない筈はない。皆そう考えて、ワラタ号は予定が遅れただけで今にも港外に姿を現すであろうと、待ち構えていた。きっと機関に何か故障が起って、跛足《びっこ》を引くような具合に、ぶらぶらやって来ているのだろう。エンジンが参ったり、その為めに応急舵制動機《ジュリイ・ラダア》でも掛けていたりすると、虫が這うように暇のかかるものだから、遅れているのに不思議はない、と、そう話し合って、最初は比較的呑気に構えていた。ところが、二日が三日となり、四日と過ぎても、ワラタ号は、ケエプ・タウン港外の水平線上に浮かび上って来ない。そこで、真剣に騒ぎ出した。船客の家族や友人達が、憂慮に閉ざされてケエプ・タウンの船会社支店へ殺到する。が幾ら訊かれても、会社のほうにも、発表す可き何らのニュウスが這入っていないのである。ワラタ号は、まるで夢の船のように、波の上に掻き消されてしまった。海がぽっかりと口を開けて、船と、其の不幸な人々を呑んだものとしか言い様がない。クラン・マッキンタイア号が、同じ方向の水平線の彼方に去り行くワラタ号を見送った後は、割りに往き来の多い航路なのにも係らず、同船を見かけた船は一隻もないのである。難破船らしい船影を認めたとか、或いは漂流貨物、非常時に船足を速めるために、犠牲に投げ棄てる所謂打荷の破片――そういった、難船につきものの手懸りも、何一つ発見されない。
 出帆したダアバンと、到着すべきケエプ・タウンと、二つの港で大騒ぎを演じているうちに、日は経って行く。

      2

 大颶風の時などには、普段人家に近い海岸に沿って流れてる木片、器具の毀れ等が、遠く沖に攫い出されて、潮の調子で群がって漂流し、素人眼には、宛然《さながら》難船でもあった現場のような観を呈することがあるものだが、この時は、こういう現象さえもなく、ワラタ号の行方は何うにも説明の附けようがないことになった。英国政府は特に駆逐艦を出動させる。その他、南亜海岸防備船、会社の捜索船、ケエプ・タウンとダアバン両市の義勇船隊、海洋関係の諸団体の呈供した夥しい捜索船、沿岸を点綴《てんてつ》する村々から出た漁船の群れ、土人舟に到るまで、南亜の海の全勢力を挙げて大規模の捜査を開始した。これが数箇月続く。が、ワラタ号の神秘を解く可き鍵の瞥見だに獲られない。難船なら難船で、何らかの形でそう認めることの出来る痕跡――例えば漂流物などを発見するのが普通だが、度びたび言う通り、此の場合は何一つそういう手掛りもないのだ。絶望と確定した後も、青錨汽船会社《ブ
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