控えている。背広を着ているが、千軍万馬《せんぐんばんば》の軍人らしい風格、これが有名な「第二号の人」だった。尖《とが》った質問が順次にマタ・アリを突き刺し始める。
「尾行付きのドイツ人とたびたび会っているようですが、どういう要件ですか。」
第二号は、卓上の報告に眼を走らせながら、急追求を緩《ゆる》めない。この時の感想を、あとでマタ・アリは、一枚一枚着物を剥《は》がれてゆくような気がしたと述べているが、裸体の舞踊家だけに、さすがにうまいことを言った。雨のような詰問《きつもん》を外して、けんめいに逃げを張る。とうとう石の壁に衝《つ》き当って、そこで全裸にされた形だ。第二号はにやりと笑う。
「つまりフランス陸海軍の動静を探って、それを報告しておられたと言うんですな。」
マタ・アリの手には、最後の切り札が残された。
「ええ。でもあたくし、連合軍のためにしていることなんですわ。ドイツの密偵部の人には、かなり相識《しりあい》もございますけれど、良人《おっと》は英国士官でしたし、いまあたくしのお友達の大部分は、連合軍の主要な地位の方々でございます。あたくし、ほんとのことを申しますと、こういう機会がまいりますのを待っておりましたの。あたくしの方は、すっかり準備ができております。いろいろドイツ軍に不利な事実も知っておりますし、あたくしがそう思うように仕向けて、先方では、あたくしを味方のつもりでおりますから、なんでも聞き出せますわ。なにとぞあたくしをフランスの密偵部にお入れ下さい。御命令どおり、どんなことでも探りだしてきて、かならずお役に立つようにいたしますわ。」
苦しい詭弁《きべん》を弄《ろう》している。とにかく、立派に自白したに相違ないから、マタ・アリはこれで即座に「処理」されるはずだった。実際、だいぶこの強硬論が優勢だったのだが、第二号は考えた。マタ・アリの知友は、軍部でも外交関係でも、幅のきく連中ばかりである。こいつを死の門に送り込むには、十分すぎるほど十分な証拠を必要とする。さもないと、あちこちの大|頭株《あたまかぶ》から、厄介《やっかい》な文句が出そうだ。これはどうも普通のスパイのように簡単には扱えない――そこで、第二号を取り巻いて私語《ささやき》を交し出す。甲論乙駁《こうろんおつばく》、なかなか決しない。マタ・アリはこっちから、大きな眼に精一杯の嬌媚《きょうび》を罩
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