高かった。あとから出てくるが、この女の死の直前に無意識に一つの重大な役割を演じている――の屍骸を発見したのだが、その時は犯行のすぐあとほんの数秒後のことで、屍体はまだ生血を噴《ふ》いて、その血の流域がみるみるひろがりつつあったくらいだから、発見者の到着がいま一足早かったら彼はまちがいなく「解剖」の現場と犯人を目撃したことだろう。事実、ジャックが、近づく馬車の音にあわてて、屍《し》体を離れ、最寄《もよ》りの暗い壁へでも身を貼《は》りつけたとたんに、発見者の馬車がはいってきたものに相違ない。異臭《いしゅう》に驚いて急止した馬は、もう一歩で屍骸を踏みつけるところまで接近していた。この発見の光景を、犯人はかたわらで見ていたのである。そして、騒ぎになろうとするところで、闇黒《あんこく》にまぎれて静かに立ち去ったのだろうが、現場はバアナア街社会党支部の窓の直下で、兇行《きょうこう》時刻には、支部には三、四十人の党員が集っていたにもかかわらず、だれ一人物音を聞いた者はなかった。これは無理もない。たださえ喧々囂々《けんけんごうごう》たる政党員のなかでも、ことに議論好きで声の大きい社会党員が三、四十人も
前へ 次へ
全59ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧 逸馬 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング