れは後から発表されたのだが、ハンべリイ街二九番事件の時である。被害者アニイ・チャプマンが格闘の際犯人の着衣から※[#「手へん+宛」、第3水準1−84−80、43−14]《も》ぎ取ったのだろう、屍《し》体の真下、背中の個所に、一個のボタンが落ちていた。裏に、H&Qという小さな商標が押字してあった。このボタンの研究は、警視庁の依頼を受けてロンドン商工会議所が引き請《う》けた。そして、日ならずして、H&Qのボタンは、米国シカゴのヘンドリックス・エンド・クエンティン会社の製品であることが判明した。このゆいいつのそして表面漠として雲を掴《つか》むような手がかり――ほとんど手がかりとも呼びがたい――を頼りに、もっとも他にもなにかあったのかもしれないが、即日アンドルウス警部が警視庁を飛び出してそのままサザンプトンからニューヨーク行きの船に投じている。その筋の努力がいかに涙ぐましいものであったかは、この一事でも知れよう。が、このボタンの調査もなんらの結果を齎《もたら》さなかったとみえて、アンドルウス氏は、いつ帰ったともなく、まもなく空手でロンドンに帰ってきていた。
 数年後、マナガ市の精神病院で客死《
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