かの悪戯《いたずら》でなくたしかに犯人の書いたものと認めれば――実際また、事件が進むにしたがいこの通信は真犯人から出たものと信ぜざるを得ない状勢になってきていた。それほど、そこに書かれた彼の「宣言」は着々忠実な履行《りこう》に移されて現われてきたから――彼は、自分の求める売春婦の犠牲者を何街で発見することができるかその的確な「穴《スパット》」を知り、現実にいかにして接近するかその「商売の約束」につうじ、しかも、犯行ごとにあれほどみごとに警戒線を潜って消えうせているのだ。ここでふたたび問題になるのが、例の彼の「長い黒の外套《がいとう》」である。リッパア事件は、鮮血の颱風《たいふう》のようにイースト・エンドを中心にロンドン全市を席捲《せっけん》した。ジャックは、魔法の外套を着た通り魔のように、暗黒から暗黒へと露地横町《ろじよこちょう》を縫ってその跳躍を擅《ほしいまま》にした。彼の去就《きょしゅう》の前には、さすがのロンドン警視庁も全然無力の観さえあった。こうなると、もうこれは、人事を超越した自然現象のように思われて、初めのうちこそ恐怖に戦《おのの》いてその筋の鞭撻を怠らなかったロンドン市民
前へ
次へ
全59ページ中50ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧 逸馬 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング