うそく》するとまもなく、その翌年の初夏、同じような悪鬼的|横行《おうこう》が今度はマナガ市の心胆《しんたん》を寒からしめている。
マナガ市は、中央アメリカニカラガ共和国の首府である。同市に事件が発生すると同時に、ロンドン警視庁はさっそく同市警察に照会して該事件に関する委細《いさい》の報告を受け取ったが、それによると、書類の上では、犯罪の状況、生殖器の「斬り裂」き方、犯人をめぐる神秘の密度など、すべて「斬裂人《リッパア》ジャック」の手口と付節を合するがごときものがあって、ここに当然、ジャックはロンドンにおける最後の犯行後、大西洋を渡って中米に現われたのだという説を生じた。これは一見|付会《ふかい》の観あるが、再考すればおおいにありそうなことである。はたしてニカラガの犯人がロンドンの屠《と》殺者ジャックであったかどうか――それは、ニカラガでも犯人は捕まっていないのだから、肯定するも否定するも、ようするに純粋の想像を一歩も出ない。犯罪もこうまで不思議性を帯びてくると、そこにいろんな無稽《むけい》の挿話が付随してくるのは当然で、ことに、犯罪者には、いよいよとなると自己を英雄化して飾ろうとする妙な共通心理があるものとみえる。それから当分、ほかの事件で死刑になるやつがきまって公式のように「この自分こそジャックである」と大見得の告白をするのが続出して、当局を悩ました。はじめのうちは公衆も沸いたが、われもわれもとぞくぞく流行のように、そう何人も自称ジャックが現われるに及んで、またかともうだれも真面目に相手にしなくなっている。
ただ、テキサス犯人の若いユダヤ人がジャックではなかったかという説だけは、いまだにリッパア事件の研究者の間にそうとう重く見られている。ライオンスも、その夜の男の言葉に米国|訛《なま》りを感得したと主張しているし、あの、セントラル・ニュース社へ宛《あ》てた手紙と葉書の冒頭語、Dear Boss なる文句は、明白にアメリカの俗語で、英国では絶対に使わないといっていい。が、例のパッカアだけは、葡萄《ぶどう》を売った客の言語にも、なんら米国を暗示するものは感じられなかったと言っているが、彼の応対はほん[#「ほん」に傍点]の瞬時であり、それは、声や語調は意識して変装《デスガイス》することもできるから、この点パッカアの証言はあまりあてにならない。
それに、もう一つ、こ
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