民のような顔をして住んでいるのか。これらが、当時謎の中心であったごとく、今日なお謎の中心である。実際の殺人は、たびたび言うようだが、その狂暴残虐なこと言語に絶し屍体はすべて野獣的に切断され、支離滅裂をきわめていた。しかも、犯行が重なるにつれてその度を増し、ついにいかなる鋼鉄製心臓の持主をも一瞥驚倒《いちべつきょうとう》せしむるに十分であるにいたった。そのことごとくを詳述することは印刷物の性質上許されないが、各犯行をつうじて、その方法経過は大同小異だった。ことにそれが、ある超特恐怖の状態において終っていることは、すべて一致していた。いうまでもなく一特定人――リッパア・ゼ・ジャック――の所業《しょぎょう》である。そして彼が左手|利《き》きであることも、種々な場合の刀痕《とうこん》を総括して、動かぬところと専門家の間に断定されていた。被害者は、夜の巷《ちまた》をさまよう売春婦にかぎられ[#「かぎられ」に傍点]ているのである。それも、そういう階層のなかでももっとも低い、もっとも貧困な、もっとも不幸な女たちに排他的[#「排他的」に傍点]にきまっているのである。その一つ一つの屍《し》体のまぎれもない「恐怖の専売商標《トレイド・マアク》」がほどこしてあるのである。いずれもその生殖器が斬り割《さ》かれ、刳《えぐ》り出され、そこから手を挿入《そうにゅう》して大腸、内部生殖器官、その他の臓物《ぞうもつ》が引き出されてあって、まことに正視に耐えない光景を呈《てい》しているのである。ドルセット街の場合など、検|屍《し》に立ち会った警官をはじめ、警察医まで、いきなりこの凄絶な場面に直面したためみな室の片隅に走って嘔吐《おうと》したといわれている。この、被害者の生殖器にかかる残虐を加える一事こそヘ、「斬り裂くジャック」の全犯行を貫く共通な大特徴で、また一世を怖慄《ふりつ》せしめたセンセイションの真因《しんいん》でもあった。彼は、街路の売春婦であるかぎり、犠牲者を選びはしなかった。夜の町で女に話しかける。あるいは、女のほうから話しかける。交渉はただちに成立する。この界隈《かいわい》のことだから代価はしごく低廉《ていれん》である。あわれな女はその僅少な金を獲《え》るために、自分の意志で、男と同伴して行く。そして、多くはただちにそこらの暗い横丁《よこちょう》などで、みずから石畳に仰臥《ぎょうが》して
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