》 (じっと考え込んで、ひとり言)おれはよく知っている。兄の心には、女といっては、あの合爾合《カルカ》姫があるだけだ。だから、ほかの女には眼もくれずに、誰が何とすすめても結婚せず、いまだにずっと独身でいるのだ。それを思うと、畜生――! (一同暗然として、長い間)
汪克児《オングル》 (突然、節をつけて)無理もない、無理もない。札荅蘭《ジャダラン》の合爾合《カルカ》姫は、蒙古一の美人、いや、砂漠の女神。その瞳は翁吉喇土《オンギラアト》の湖のごとく、口唇《くちびる》は土耳古《トルコ》石、吐く息は麝香猫《じゃこうねこ》のそれにも似て――。
合撒児《カッサル》 やかましい! ああ、止むを得ない。兄貴を喜ばせようとしたお前たち一同の苦心も、とうとう水の泡か。(決然と天幕へはいって行こうとするが、ためらって)弱ったなあ。また雷か。機嫌の悪い時の兄貴は、苦手だからなあ。おい、者勒瑪《ジェルメ》、お前行って起して来い。
者勒瑪《ジェルメ》 と、とんでもない! あんなに合爾合《カルカ》姫を待っておられる殿様のところへ、姫が来ないので総攻撃だとは、とても――こればっかりはお許し下さい。(手を合わせる)おい
前へ
次へ
全94ページ中44ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧 逸馬 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング