スカン》 (小姓のすすめる兜を被り、鎧の胴を締め、手早く軍装を凝らしつつ)さあ、今日は抗愛山脈だぞ。貴様たち、腕が鳴るだろう。(一種の点呼)合撒児《カッサル》の手は、十本の指がみな毒蛇、哲別《ジェベ》の白髪は針鼠、忽必来《クビライ》の胸は鉄の楯だ。速不台《スブタイ》の脚は、千里を往く牡鹿のそれと、敵の陣中で評判しているぞ。今日こそは、ちっとは軍らしい軍が出来そうだ。
汪克児《オングル》 (人の脚の間から顔を出して)大将! あっしを忘れるってのあねえぜ。
成吉思汗《ジンギスカン》 うむ、芋虫がいたな。ははははは、貴様の瘤は、駱駝も顔負けだ。
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一同爆笑。成吉思汗《ジンギスカン》の白馬が者勒瑪《ジェルメ》に引かれて来る。成吉思汗《ジンギスカン》は無造作に飛び乗る。喨々《りょうりょう》たる喇叭の音起る。舞台全面の軍勢、勇み立つ。
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成吉思汗《ジンギスカン》 (馬上に剣を引き抜き進軍!)
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騒然たる物音の中に、猛虎の長嘯《ちょうしょう》。汪克児《オングル》が何度も馬から転げ落ちている。幕。
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第三幕 第一場
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札荅蘭《ジャダラン》城、城門の景。砂漠のなかに濠をめぐらし、高い石垣を築き、石を積み上げたる厳重な城門の前。同じ時刻。
序幕第一場の避難民多勢、首を伸ばしてはるか彼方の成吉思汗《ジンギスカン》軍の屯営のほうを見守っている。
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男一 とうとう昨夜《ゆうべ》、合爾合《カルカ》さまはお帰りにならなかったようだな。
男二 おれたち部落の者の身代りになって下すったのだ。お痛わしいことだ。
女一 あのお優しい奥方様が、恐しい成吉思汗《ジンギスカン》の陣屋で、どんな目にお遭いなされたかと思うと――。
男三 札木合《ジャムカ》の殿様は、もう気違いのようになっている。おお、ここまで、殿様のどなり叫ぶ声が聞えて来るようだ。
男四 しかし、殿様の御心中を察すると、それも無理がないなあ。
男五 軍には負ける。奥方まで奪られるじゃあ、まったく、浮かぶ瀬がないよ。
女二 (遠くを指さして)あれあれ! 成吉思汗《ジンギスカン》軍では、にわかに天幕を取り毀しまし
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