木華里《ムカリ》が現れる。
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成吉思汗《ジンギスカン》 あはははは、木華里《ムカリ》、われわれの結婚の夜の邪魔をするのは、この心ない太陽汗《タヤンカン》だよ。連れて行ってくれ。
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木華里《ムカリ》は、長い鞭をふるって虎に近づき、大きく床を打つ。
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木華里《ムカリ》 さあ、出て失せろ。乃蛮《ナイマン》の太陽汗《タヤンカン》め! (鞭の音唸る。猛虎は怒って、跳びかかりそうな敵意を示す)
成吉思汗《ジンギスカン》 (静かに起って行って)太陽汗《タヤンカン》! (一白睨《ひとにら》みで、虎は穏和しく立ち上り、木華里《ムカリ》に続いて天幕の外に去る。月いよいよ照り返る)
成吉思汗《ジンギスカン》 (元の天幕の出入口に帰り、床に坐る)ははははは、この成吉思汗《ジンギスカン》には、あなたに対する私の心中の虎のほうが、あの太陽汗《タヤンカン》よりどんなに恐しいかしれない。いや、合爾合《カルカ》、なにも怖がることはないよ。
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と膝を抱いて、月に見入る。どこからか兵士の奏《かな》でる胡弓《こきゅう》の音が漂ってくる。姫は寝台に身を起して、じっと不思議そうに成吉思汗《ジンギスカン》を見詰めている。長い沈黙がつづく。咽ぶような胡弓の調べ。舞台一面の青白い月光、やや傾きそめる。
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成吉思汗《ジンギスカン》 (ひとり言のように)あれから何年になるかなあ。君あ記憶《おぼ》えているかしら。まだ、僕のおやじ、也速該巴阿禿児《エスガイパアトル》が生きているころ、僕の家と君の家は、森ひとつ隔てていたねえ。
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姫は意外な面持ちで聞き入っている。
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成吉思汗《ジンギスカン》 ええと、あの森は何てったっけな――何といったっけね、あの森は?
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合爾合《カルカ》はつんと横を向いて、答えない。
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成吉思汗《ジンギスカン》 あの、ほら、真ん中辺に、こんな大きな樹が三本立ってる森さ。忘れた
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