を屠ろうとしても、札荅蘭《ジャダラン》に藩主|札木合《ジャムカ》、その弟、この台察児《タイチャル》のあるかぎりは、めったにこの城を渡しはしないぞ。(頭上の種族旗を振り仰いで)この名誉ある札荅蘭《ジャダラン》族の旗に対しても、誰が、誰が成吉思汗《ジンギスカン》などに降参するものか。おい、どうしたのだ、ここは備えが手薄ではないか。
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下手、要塞の端れへ走り行く時、僧侶ら三人を認めて、
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台察児《タイチャル》 こらっ、邪魔だっ! 一人でも口を減らしたい籠城に、何の役にも立たぬ他国の坊主や町人が逃げ込んで――うむ、そうだ、貴様らを殺して肉を食えば、もう二三日城を持ちこたえることができよう。愚民を騙《たぶら》かして坐食しておる坊主と商人、どっちも肉の柔いことだろう。臆病者め、そこ退けっ!
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城寨に駈け寄り、堡塁の陰に身を潜めて、銃眼よりしきりに矢を射落す。武士三四人もそれぞれ銃眼から射る。合戦の物音寸時も止まず。僧侶ら三人城中へ逃げ込もうとすると、同じく城内から城下の避難民多勢、農夫、牧民、老若男女、雪崩を打って逃げ出て来る。赤子を抱いた女、孫の手を引く老人など。同時に、包囲軍からの矢、おびただしくこの望楼に飛来して、避難民ら口々に絶叫し、一隅に集《かた》まって顫え戦《おのの》く。
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台察児《タイチャル》 畜生、集中射撃だな。(振り返って)またここまで騒ぎ立てて来たか。手兵は足らず、食糧は乏しい城に、城下の者まで逃げこんで、この上の足手纏いはない。
避難民中の女 (嬰児を庇いながら狂的に)御城主の弟様、軍はどうなるでございましょう。私どもはもう、好皮子《ナイビイズ》一つ口にせず、敵に殺されるより先に、飢え死にしそうでございます。
同じく老人 (半狂乱に手を合わせて)台察児《タイチャル》さま、どうか部落民を助けると思召して、城をお開き下さりませ。悪魔のような成吉思汗《ジンギスカン》の軍勢とて、よもや老人子供に害は加えますまい。
台察児《タイチャル》 ええい、言うな! 穀潰しめ! 言うに事を欠いて、この台察児《タイチャル》に向って降伏をすすめるとは何ごとだ。どうせ食い物の足らぬ折柄、貴様らを射殺して
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