終わり]
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江克児《オングル》 (皆の真ん中に立って、おどけた様子で首を傾げ)ふうむ。そういうものかなあ。いや、そうだろうなあ。
合撒児《カッサル》 こら、豚め! 何を感心しているのだ。
汪克児《オングル》 英雄、色を好む。(ちょいと天幕を指さしてウインクする)いかな大王も恋には弱い。意馬心猿《いばしんえん》追えども去らず、あわわわわわ。(あわてて口を押さえる。誰も相手にせず)
者勒瑪《ジェルメ》 (じりじりして、しきりに下手奥へ駈けて行っては、月に霞む遠くの砂漠へ小手をかざす)ちぇっ! 木華里《ムカリ》め! 何をしているのだ。早く降参の献上品を引っ担いで来ればよいに。
速不台《スブタイ》 ほんとだ。その献上品を殿のおん前に捧げて、お慰め申したいものだなあ。
哲別《ジェベ》 まだそんなことを言っておるのか。木華里《ムカリ》は今ごろ、首になっているに決まっておる。木華里《ムカリ》の葬い合戦じゃ。おお、月はもうあんなに高く上りましたぞ。合撒児《カッサル》様、もはや一刻の猶予もならぬ。さ、殿に申し上げて、出陣のお許しを得て下され。
合撒児《カッサル》 (じっと考え込んで、ひとり言)おれはよく知っている。兄の心には、女といっては、あの合爾合《カルカ》姫があるだけだ。だから、ほかの女には眼もくれずに、誰が何とすすめても結婚せず、いまだにずっと独身でいるのだ。それを思うと、畜生――! (一同暗然として、長い間)
汪克児《オングル》 (突然、節をつけて)無理もない、無理もない。札荅蘭《ジャダラン》の合爾合《カルカ》姫は、蒙古一の美人、いや、砂漠の女神。その瞳は翁吉喇土《オンギラアト》の湖のごとく、口唇《くちびる》は土耳古《トルコ》石、吐く息は麝香猫《じゃこうねこ》のそれにも似て――。
合撒児《カッサル》 やかましい! ああ、止むを得ない。兄貴を喜ばせようとしたお前たち一同の苦心も、とうとう水の泡か。(決然と天幕へはいって行こうとするが、ためらって)弱ったなあ。また雷か。機嫌の悪い時の兄貴は、苦手だからなあ。おい、者勒瑪《ジェルメ》、お前行って起して来い。
者勒瑪《ジェルメ》 と、とんでもない! あんなに合爾合《カルカ》姫を待っておられる殿様のところへ、姫が来ないので総攻撃だとは、とても――こればっかりはお許し下さい。(手を合わせる)おい
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