に、止め度もなく戯けおって。控えろ、汪克児《オングル》!
汪克児《オングル》 と、叱りつければ、汪克児《オングル》は――。(と辷るように下手へ走って、坐っている駱駝の背へちょこんと股がり、走らせる真似)はいはい、どうどう! 進めや進め、成吉思汗《ジンギスカン》! やあやあ、遠からん者は音にも聞け。近くは寄って眼にも見よ。われこそは、大王|成吉思汗《ジンギスカン》の陣中にその人ありと知られたる、滑稽ちゃらっぽこの一手販売、山椒は粒でもぴりりと辛い、汪克児《オングル》大公爵さまだ。成吉思汗《ジンギスカン》様第一のお気に入り――ねえ、君、駱駝《らくだ》君。
合撒児《カッサル》 (成吉思汗《ジンギスカン》の弟、下手よりつかつかと現る。通りすがりに、駱駝の背から汪克児《オングル》を突き落して)お! これは大公爵閣下、とんだ失礼を。(天幕の垂れをはぐり、はいろうとする)
忽必来《クビライ》 合撒児《カッサル》さま、殿はまだお昼寝のつづきです。
合撒児《カッサル》 うう、(振り返る)まだ寝てる? 相変らず呑気な兄貴だなあ。(ふと下手を見やり)おお、月が出た、月が出た! あれ見ろ、砂漠の上に、大きな月が出たぞ。
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明るい月が地平を離れ、河の漣《さざなみ》を銀に彩っている。一同は口々に、「月だ、月だ、月が出た。」「さあ、出陣だ! 進軍だ!」と勢い込んでざわざわと起ち上り、月に向って立ち並ぶ。忽必来《クビライ》は長靴を穿き直し、武装を凝らして、速不台《スブタイ》とともにしゃがみ、剣の先で地面に地図を描き、しきりに軍議を練りはじめる。
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合撒児《カッサル》 木華里《ムカリ》はまだ帰らぬな。者勒瑪《ジェルメ》、軍馬の様子はどうだ。これからただちに札荅蘭《ジャダラン》城を屠り、長駆、抗愛山脈を衝くのだから、稗《ひえ》でも藁でも、充分に食わせておくがよいぞ。
者勒瑪《ジェルメ》 (主馬頭《しゅめのかみ》)仰せまでもございません。馬という馬は、栗毛も葦毛も、気負い立って、あれ、あのように、早く矢を浴びたいと催促しております。
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遠く近く、屯ろする軍馬のいななき。
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合撒児《カッサル》 忽必来《クビライ》、進撃の前だ
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