抱き合わせに染め抜いた、札荅蘭《ジャダラン》族の旗が掲げてある。上手に、城中へ通ずる鉄扉あり。
眼下はるかに塔米児《タミイル》、斡児桓《オルコン》両河の三角洲。川向うの茫洋たる砂漠には、成吉思汗《ジンギスカン》軍の天幕《ユルタ》、椀を伏せたように一面に櫛比《しっぴ》し、白旄《はくぼう》、軍旗等|翩翻《へんぽん》として林立するのが小さく俯瞰《ふかん》される。彼方は蜒々《えんえん》雲に溶け入る抗愛山脈。寄せ手の軍馬の蹄が砂漠の砂を捲き上げ、紅塵万丈として天日昏し。
真っ赤な空の下、揉み合う軍兵の呶号、軍馬の悲鳴、銅鑼《ハランガ》の音、鏑矢《かぶらや》の響き、城寨より撥ね出す石釣瓶《いしつるべ》など、騒然たる合戦の物音にて幕あく。
しばらく舞台無人。城の他の部分で攻防戦の酣《たけなわ》なる模様。下手は断崖につづける望楼《ものみ》の端、一個処、わずかに石を伝わって昇降する口がある。上手の扉から金の国(支那)の商人が従者を伴れて、這うように出て来る。両人とも連日の空腹によろめき、今日の猛襲に恐怖昏迷している。
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商人 おう、おう。ここは大丈夫らしいぞ。ここまではどうやら矢も飛んで来まい。いやどうも、こんな目に遭うくらいなら、死んだほうがましだ。
従者 まったくでございます。あの時、和林《カラコルム》から別の道をとって、まっすぐお故郷《くに》へお帰りになればよかったものを。
商人 いや、お前にそれを言われると、面目次第もない。はるばるわが金の国から、織物、陶器などを持って来て、この蒙古の黒貂《くろてん》、羊皮、砂金などと交易するのは、まるで赤子の手を捻るような掴み取りだ。馬鹿儲けに調子づいて、ついこの奥地まで踏み込んだところが――。
従者 (主人を助け歩かせて、こわごわ下手の堡塁のほうへ近づき)思いがけなく和林《カラコルム》の成吉思汗《ジンギスカン》様が、あの、(と、はるかなる抗愛山脈を指さし)山の向うの乃蛮《ナイマン》国をお攻めになることになって、その進路に当るこの札荅蘭《ジャダラン》域を併せ従えようと、いや、えらい戦争になりましたもので。
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下の砂漠からこの望楼へも、一二本矢が飛んで来る。二人はあわてふためいて、石畳に身を伏せる。同じく上手の扉から、花剌子模《ホラズム》国より蒙古
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