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伝令 申し上げます。成吉思汗《ジンギスカン》の包囲軍は、急遽行動を起しまして、一挙に城を陥れんとするもののごとく、挺身隊はすでに三本松の辻を過ぎ、銀砂の河原に現れました。
札木合《ジャムカ》 (蒼白になって)なに、もう銀砂の河原に――誰か城を駈け出て一騎打ちを挑み、巧名を立てる者はないか。
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このころから、空に紺いろが流れ、暮色が漂ってくる。
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伝令二 (あわただしく上って来て堡塁に顔を出し、下の戦場を指さして)我軍の斥候は、すっかり城門へ追い込まれてしまいました。あれあれ! 一の堀、二の堀もすでに敵の手に――。
札木合《ジャムカ》 (こわごわ覗いて)吊り橋を早く、三の吊橋を上げろ。
参謀一 もはやその暇もありませぬ。
台察児《タイチャル》 誰か行って、綱を切って橋を落してしまえ。
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一本の矢飛び来って、札木合《ジャムカ》の鎧の袖を縫う。その矢には、白い馬の尾が結びつけてある。一同騒然と駈け寄る。
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札木合《ジャムカ》 (よろめきつつ矢を抜き取って)いや、傷つきはせぬ、おお! この矢には、白い馬の尾が結んであるぞ。これは何の意味だ。
台察児《タイチャル》 成吉思汗《ジンギスカン》の旗印しは、あれ、あのとおり、白馬の尾を竿の先に結びつけたものを、九本立てております。九は、成吉思汗《ジンギスカン》の陣中において、幸運の数とか。(考えて)ううむ、兄上! その矢は、降伏の勧告に相違ない。
札木合《ジャムカ》 なに、降伏の勧告? 誰が!――ええい――。
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と矢を二つに折り、足許に投げつけて粉々に踏み砕く。片側の避難民一同、「負け軍に頑張るのは無意味だ。」「早く城を開け渡して、城下の私どもをお助け下さりませ。」などと狂乱して口々に喚き立てる。
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台察児《タイチャル》 (避難民を睥睨し)騒ぐな、蛆虫《うじむし》ども! 兄上! 夜まで持ちこたえれば、なんとか計略も浮かびましょう。おい、誰か三の吊橋を落して来る者はないか。
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これより先、伝令一は裸体になり、急ぎ軍服
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