く、署員の顔色から捜査の発展を看取しようと、一同眼を光らせているのだ。
 煙草の煙りで、咽返るような室内に、記者連中の意見が、大声に交換される。
「なあに、もう生きてるもんか。二、三日中に何処かの浜へ死骸になって流れ着くよ。まあ俺の言う通りだから、見て居給え」
 と言ったのは、ロスアンゼルス・タイムスの社会部記者、パット・シェパアドだ。
 雑談に花が咲いている。

      5

「例のトランクを海へ捨てる心算《つもり》だったって言うからね。海ということは、ルウスの頭にある筈だ。だから、俺は思うんだが、あいつ今頃、トランクの代りに海に浮かんでるよ」
 同じ社のアルバアト・ナダンが笑って、
「なあに、そんなことはあるもんか。こういう種類の女は、自分のやったことを、お終いまで見度がるものだよ。何処かにじっとして、毎日新聞を買い集めて読んでるに相違ない」
「何しろ五弗しか持ってねえんだからな。近い内に食えなくなって、のこのこ出て来るにきまってる」
 と言ったのは、ヘラルドのフレッド・パアネス記者だ。
 エギザミナア紙の社会部副部長、ウオルタア・ノウトンは、一同と別の意見で、
「僕は何うもあの弟のバアトンの奴が臭いと思うんだ。あいつ確かに姉の居所を知っていて秘かに金ぐらい廻わしているに相違ない。あいつの口を割らせることが第一だよ」
 犯人逮捕に一千弗の賞金を提出したのは、このエギザミナアが一番早かった。翌日タイムスが、この上を行って、千五百弗の賞金を出す。ロスアンゼルス中、素人探偵がうようよし出す。


 ジュッド医師の広告も各新聞紙に現れて、
「ルウスよ、帰って呉れ。親愛なるルウス、何卒法律の前に降服して呉れ。お前の気持ちは私にはよく解っている。お前一人であんなことをしたとは思われない。誰かを庇っているに相違ないが、どうぞ出て来て、私にだけでも凡べてを告白して呉れ――お前の良人で恋人の、ウイリアム・ジュッド」
 この、ジュッド医師の意見では、妻は最早や生きてはいまいというので、
「身体も心持ちも弱い女なんです。法廷に立つことを思って、それだけでも自殺しているに相違ありません。が、若し生きているなら、五分間私と会いさえすれば、私はよく話してやって、進んで警察へ自首させて見せますが――」
 十月二十三日金曜日は、何となく一種の緊張味が捜査本部に漂って、刑事や記者連中の顔にも蒼白なものが漲っているような気がする。
 今日は何か起る!
 警察と新聞社がタイ・アップして、文字通り歩道の石を起すような捜索なのだ。もう、ルウスの逮捕は時間の問題に相違ない。賞金は二千五百弗、市民は眼の色を変えて、ルウス騒ぎに熱中しているのだから、もし、まだ生きているとすれば、案外公々然と、刑事や記者の眼に触れながら、それとは気が付かれずに静かにしているに相違ない。
 午後四時三十分、このはち切れそうな緊張に、電波のように揺り動かして、閃いたものがある。
 電話のベルだ。
 課長秘書のマデリン・ケリイが、受話機を取り上げると直ぐ、彼女はそれを、タイムス社のアルバアト・ナダン記者へ差出して、
「あなたへ電話ですよ」
 タイムスに其の人在りと知られた、警察係ナダンは、暫く電話で暗合のような言葉を話し合っていたが、
「そうかい。じゃあ、兎に角行って見よう」
 と、静かに言うと、そのまま退屈そうな顔で、ぶらりと捜査本部を出て行く。
 ナダン記者の背後に、揺れ扉が閉まるか閉まらないに――。
 また、電話だ。
 今度は、課長テイラア氏へ。


 と、思うと、課長室で鈴が鳴って、秘書のマデリン・ケリイを呼んでいる。
 這入って行って机の前に立つと、テイラア課長は、きらりと輝く眼を上げた。
「アレキサンダア・ホテルへ電話を掛けて、フォニックス地方検事アンドリウスさんに、直ぐ此処へ来るように言って呉れ。今夜、アリゾナへ帰る予定なんだが、直ぐそれを変更して、本署へ来て待つように――」
 待つ――とは、何を?
 見ると、課長は、帽子を被って部屋を出て行こうとしている。記者連の眼が、一斉に集中する。
「何処へ行くんですか」
 起って来て、口ぐちに訊くのだ。
「うん。ちょっと煙草を買いにね」
 ゆったりとした足取りで出て行く課長の後姿に、記者連は騒ぎ立って、
「煙草だと? 何を言やがる!」
「さあ、来た! こうしちゃあ居られねえ!」
「俺達も煙草を買いに出掛けようじゃねえか」
 一度に帽子を掴んで走り出した。
 所謂第六感が、彼等の足を動かすのだ――「アリゾナの女虎」事件に、眼鼻がつきかけて来た!
 一人あとに残されたマデリン・ケリイ秘書は、何か叫び上げ度いような興奮に駆られて、椅子にじっとしていることは出来なかった。


「おい! 見つかったぞ!」
 という電話が、捜査本部へ鳴り響いたの
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