ドさんに、ぐっすり眠って頂き度いのです。被告を始め、誰も彼も狂気のようなこの法廷の中で、只一人、真面《まとも》な人間らしい人は、ジュッドさんだけだ。ジュッド氏の眠りを妨げてはいけない」
ちょっと、めりけん大岡越前守というところ。
一月二十八日、裁判は一時中止される。翌二十九日は、ルウス・ジュッドの二十七回の誕生日で、ジュッド氏は獄中の妻へ白いカアネエションの花束を贈った。が、いくら亜米利加でも、誕生日が来たので裁判を休んだという訳でもあるまい。然し何といっても呑気なもので、ルウスはこの日、許可を得て、監房内へ美容師を呼び入れ、パアマネント・ウエイヴをかけたりしている。ここらは、鳥渡想像が出来ない。
二月八日月曜日、午後五時。裁判長ロジャアス氏は起立して、陪審員の判定を読み上げる。
「被告を最重の殺人犯と認め、死刑に処す」
この判決を他人《ひと》事のように聞いていて、ルウスは眉毛一つ動かさなかった。ジュッド医師が、彼女をしっかり抱き締めて接吻をしても、ルウスは機械のように、される儘になっているだけで、何の感動も、興奮も示さなかった。が、その抱擁から引き離されて、女看守に手を取られて退廷する時、初めて人々は、彼女の口から洩れ出る長い低い啜泣きの声を聞いた。
アリゾナ州フロウレンスの州刑務所で、ウイニイ・ルウス・ジュッド――女囚第8811号――が、電気椅子に掛かったのは、今年の二月二十三日の星の寒い明方だった。アリゾナの沙漠に、粉雪の降っている朝だった。
「サミイが待っています。あたしはサミイの所へ行くんです」
彼女は、そう繰り返しながら、長い石の廊下を死刑室へ進んで行った。暗い扉《ドア》の前に、警官に守られて、最後の別れを告げに立っていた良人のジュッド医師には、ルウスは一瞥も与えずに静かにドアの中へ導かれて行った。
底本:「世界怪奇実話2[#「2」はローマ数字、1−13−22]」桃源社
1969(昭和44)年11月10日発行
入力:A子
校正:小林繁雄
2006年7月22日作成
青空文庫作成ファイル:
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