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 手術を終って廊下へ出ると、群っているカメラ・マンの一人が、用ありげに大声に、
「ジュッドの奥さん!」
 ルウスが何気なく、そっちを振り向いた途端、蒼白いフラッシュが閃めいて、写真班は任務を果していた。
「何をするんです! 失礼な!」
 顔色を変えてルウスが叫んだ。
 写真班員は平気で、
「こっちを向いて下さい。ちょっと笑って下さい」
 などと、四方八方からカメラを向けて喚いた。翌日の新聞は、悲しい眼を大きく見開いて、左手を首から釣り繃帯した若い女の写真で、第一面をでかでかに埋めた。写真の上に大きく、
「アリゾナの女虎《タイガレス》、遂に檻へ!」とあった。


 次ぎは、其の深夜に行われた、捜査本部での、テイラア課長の訊問である。
「一体何うしたんです。奥さん。ちょいと人騒がせをやりましたね」
「私は何も申上げることはありません」
「一言お訊きしましょう。手はまだ痛みますか」
「――」
「明日になったら、少しは口を開けて呉れますか」
「そんなことお約束出来ませんわ」
「ルウス・ジュッド! いい加減にするがいい! 本当のことを言うのが恐ろしいんだろう」
「そんなことはありません!」
「まあ、いい。一人でやったことですか」
「さあ、何うですか」
「お前一人の仕事かと訊いているんだ」
「あなたの問いにはお答え致しません」
「死骸をトランクへ詰めるのに、誰か手を貸した者があるだろう――おい! 重かったろう? あの肥っちょのほうの死骸は」
 ルウスは、引き裂くような悲鳴を上げて、両手で顔を覆った。
「ねえ、奥さん、仲好く話し合いましょうや。アリゾナへお帰りになり度くはありませんか」
「え、帰り度いと思いますわ。私、アリゾナが大好きですの」
「私は、こんな腰弁で金も暇もありませんが、これでも旅行が大好きなんですよ。休暇というと旅行に出るんです。それも定ってアリゾナへ行くんですがねえ。一度行ったら病みつきになってしまって、はっはっは、実に好いところだ。沙漠と言ったって、この辺の南部の沙漠とは全然趣きが違っていますね。第一空の色が、こんな羅府などとは比べものになりませんよ。ねえ、奥さん」
「え――一度アリゾナへいらしった方は、皆さんアリゾナがお好きになりますわ。ほんとに好いところですもの」
「殊にフォニックスは、私にとって忘れられない町です。木に囲まれた真珠のような綺
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