リカルになって、アンへ物を投げつけたりなど、野獣のように暴れることがあったと言った。
 グルノウ療養院の看護婦長エヴェリン・ネエスというのが、サミイとアンを生きて最後に見た人で、金曜日の午後、北二丁目へ訪ねて行くと、アンはサミイのために寝台《ベッド》の支度をしていたが、三人はそれから茶を飲んで雑談を交わした。サミイは桃色のパジャマを着て、陽気に騒いでいたというのだ。
 その夜晩く、ルウス・ジュッドが、彼《か》の家へ来たのだろう。
 これが兇行の晩で、翌朝早く療養院の当直医パアシイ・ブラウンのところへ、女の声で電話が掛って来て、
「私アン・ルロイですの。サミュエルスンさんの兄さんが急病で、ちょっと一緒にタクソン町まで行かなければなりませんから、病院のほうは休ませて頂きます」
 が、この電話の欠勤届が行き違いになって、その日の午前十時半頃、アン・ルロイが来ないので、何うしたのかと、院長の命令で看護婦の一人が、彼女の家へ見に行った事実もある。ひっそりして、人気のない様子で――それは人気のない訳で、この時はもう二人はトランクの中に収まっていたのだろうが、そんなことは知らないから、看護婦が窓から覗いて見ると、寝台はきちんとしていて、人の寝たふうは見えなかったという。
 これが土曜日のことで、ルウスはけろりとして病院へ現れて、一日一杯いつものように快活に立ち働いた。が、夕方帰り際に、
「羅府の良人から手紙が来て、鳥渡行かなければなりません。ボウルドウイン博士に、そう申上げて下さい。水曜日には帰れると思います」
 そして、自分の代りに、スピッケルマイヤアという看護婦を、市の看護婦会から臨時に雇って来て、仕事に差閊えないようにしたりした。ひどく落ち付いたものである。
 これらの調査がフォニックス市で進捗《しんちょく》している間に、羅府では、ルウス・ジュッドの行方を求めて、未だに大騒動を演じている始末だ。
 何処へ行ったか皆目知れないのである。
 ジュッド医師とバアトン・マッキンネルは、囮として一時釈放されて、昼夜間断なく尾行がついている。サンタ・モニカのケリイ・ジュッドの家には、女巡査が張り込んで、すべての電話をケリイの声色で、応対しているのだ。
 月、火、水、木――日は流れる。
 捜査本部は、新聞記者の大洪水だ。何時ルウスが発見されるか判らないので、誰一人一秒も部屋を離れる者はな
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