ましてね。そいつ等を引っ張ってトランクの傍へ寄って行くと、女も到頭、そう言えば何だか臭気がするようでもあると言います。するようでもあるどころじゃない!――私は言ってやりました。大きい方のトランクだけでも、私の眼の前で開けて見せなければ、渡す訳にはいかないとね。ええ、大きいほうのやつが、最も臭いが激しくって、扱った駅員なんか、みんな鼻を摘んだような有様です」
 すると、鍵を忘れて来たと女が言う。そこで、アンダスンは、駅に合鍵があるかも知れないというと、同伴の青年が、狼狽てて口を挟んで、
「それは不可ません。婦人の私用物を他人の前に公開するという法はない。無礼です。恥かしい思いをさせるかも知れないじゃありませんか」
 と、いきまくのだ。
 女は徹頭徹尾、胡瓜《きゅうり》のように冷静だったが、青年の言葉に勢いを得て、
「じゃあ、あたし主人へ電話をかけて、トランクの鍵を急いで持って来て呉れるように言いますわ」
 で、電話のあるアンダスンの事務室へ這入って行ったが、本当に電話を掛けたのか、或いはかけた振りをしたのか、兎に角、一、二分して貨物室へ帰って来て、良人が不在で、使用人には鍵の在所《ありか》が判らないから、では、今日のうちに鍵を持って、後からもう一度出直して来るというのだ。
「ところが、四時迄待ちましたがね、女も青年も、それっきり姿を見せませんし、臭気は愈いよ堪らなくなりますので、探査員マアクさんと、駅長のマッカアセイさんの意見で、これは警察を煩わしたほうが好いというので、御足労を願った訳です」


 ライアンとトレスの二刑事は、案内されて荷物部屋へ這入って行く。アンダスンの指さすところに、成程大きなトランクが二つ転がっている。一つは、角型の黒のパッカア式で、他は汽船用《スチイマア・スタイル》といわれる平べったいやつ、前のよりは少し小さく、灰色を帯びた緑に塗ってある。
 ライアンが、鼻をひこつかせて、
「鹿はこんな臭いはしやしねえ」
「鹿にはあらで――」
 洒落気のあるやつで、トレスが応じた。
 まだしか[#「しか」に傍点]とは判らないが、何うも益ます怪しいのである。
 立って凝視《みつ》めている二人が、この時気の付いたことは、赤みがかった茶色の液体が、大きな方のトランクの合せ目から、滲むように流れ出て、床を這って居ることだ。
 斯ういう場合の調査のために、鉄道会社には
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