呉れと言うんです」
何うも様子が変なので、よく問い質してみると、其のトランクを一刻も早く処分しなければならないという姉の言葉である。バアトンは可怪しいと思ったが、兎に角、言われる儘に自動車を引き出し、姉を乗せて停車場へ向った。途中ルウスが、その二個のトランクを海へ持出して沈め度いのだが――と言い出したので、これにはバアトンも吃驚して、色いろ理由を訊ねたけれど、ルウス・ジュッド夫人は、肝心の事は弟にも打ち明けなかった。
これは何か訳があるとは思ったが、何も訊かずに姉のために働く気になったバアトン・マッキンネルは、駅の手前でちょっと車を停めて、綱《ロウプ》を買った。トランクを沈めにかける時に、こいつで縛ろうというのだ。が、停車場へ行って荷物を見ると、バアトンも仰天したという。トランクの廻りに、蠅がぶんぶん唸って飛んでいた。
「後は御承知の通りです。駅の荷物部屋で開けられそうになったので、鍵を忘れて来たと言って逃げたのでした」
停車場を離れて小一町も走らせると、金を持っていないかとルウスがバアトンに訊いた。五弗しか持合わせがなかったので、バアトンはそれだけ姉へ渡して、すぐ何処かへ飛んで潜んでいるようにと言うと、ルウスもその気になって、急に狼狽て出した。
「で、僕は、七丁目と広小路《ブロウドウエイ》の角で、自動車を停めて、姉を下ろしたんです。ルウスは直ぐ下町の雑沓に消えて行きました。それっきり会いませんし、ほんとに、何処へ行ったか知らないんです」
「何時お前は、義兄のジュッドさんに会いに、サンタ・モニカへ行ったのか」
「先刻です。九時半頃出掛けました。ことによると、もうあっちへ警官が廻っているかも知れないと思ったのですが、義兄の妹のケリイが台所に食事していて、まだ何も知らない様子でした。ジュッドさんは、風邪を引いて二階に寝ていましたが、すぐ下りて来て、三人で台所で胡桃を割って食べ乍ら話していたんです。そのうちに僕は、兄をそっと別室へ呼んで、今日のルウスの不思議な行動をすっかり話しました。良人ですから、きょうジュッドさんのところへルウスから電話でも来たかと思って訊いてみましたが、何も言って来なかったそうです。もう其の頃は、夕刊に、出て騒ぎになっていたんですが、義兄《あに》は未だ何も聞いていない風でした。そこで僕が戸外の自動車へ引っ返して、その夕刊を持って来て見せますと、
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