裸になり、元気よく医師の前に立った。
「※[#「耳+丁」、第3水準1−90−39]聹栓塞《ていでいせんそく》、アデノイド、帯溝胸――ふん!」医師は眼鏡を光らせて、はじめて感情をふくめたよろこびの声をあげた。
「おお、これはみごとな帯溝胸だ、ごらんなさい、どうです?」
そばにいた看護婦は立ちあがってきたし、校長はたるんだ瞼を引きしめた。
「あたいん家はね、東京市の電気局だよ」と久慈は元気よく金切声をあげた。
医師はその声を無視した。彼の興味は家庭の状況よりも、ほとんど畸型《きけい》に近い久慈恵介の胸にかかっていたのだ。彼はすかしてみたり、深さを測ってみたりした。そうしてますます感心し「ふうん――」と鼻を鳴らすのであった。
順番を待っていた子供の中から、妬《や》っかんだ声が洩れてきた。
「久慈い――ちんちん、ごうごう、おあとが閊《つか》えています。久慈い――おあとが閊えているよ、早くかわんな」
それを聞くと久慈恵介はきゅうに全身で真赤になった。彼はまだしきりに撫でている医師の手をふり払った。自分自身の体の醜さに気づき、それと父親の仕事が嘲られた口惜しさがいっしょくたになった。彼は素っ裸のまま声を立てて泣きだした。
裸体になったとき、その子供たちの不幸が一度にさらけだされるのであった。しちむずかしい病名が、まっ黒になるほど書きあげられた。医師はそれによって今さらのごとく感心してみせた。「健全な精神は健全な肉体に宿る……昔の人はいいことを言ったもんですなあ、え? そうじゃありませんか?」すると校長もそれに答えるのである。「こんな不健全な身体では智能発達の劣るのもむりはありませんですな、いや、まったくもって家庭が悪い!」
寒い日で子供たちの首筋には毛孔が立っていた。袴などはもちろんなかった。上履《うわばき》さえ買ってもらえない彼らは、床油を塗ったので、油がべとつく板の上をべたべた歩いた。さいわいに彼らは不幸に馴れきっていた。直接不愉快な場所を脱けだすとすぐにそれを忘れた。そして金切り声を天井にひびかしたり、でたらめな節まわしに口笛を吹きあげたりして、およそ無意味な騒音を立てながら自分の教室に雪崩《なだ》れこんで行った。
白い壁が三方を立てこめているこの教室にはいると彼らは、何か自分の家に辿《たど》りついたような安心を覚え、鼻唄まじりに周囲を見まわすのであった。教
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