、が、さ」すると親爺が一声合いの手を入れるのであった。「こちとらはやりきれねえだ!」
 話はまわりくどく、時々言葉のきれはしは風に吹さらわれるのであるが、日傭労働者の父親は一人でも口を減らさなければやって行けないと言い、継母はあんまりこの子も親の恩知らずだと高尚な理窟をこねた。二三年この方電気ブラン一杯もひっかけられないと言う親爺は、小僧にほしいというこんないい口を、武の奴めが嫌がるはずはねえ、聞いてみれば先生に相談しなきゃあと小生意気を言いだしやがった。…………………………………………………はねえんだと一日責めたらば、元木武夫は憤然とこれ、このように学校ににげこんできた。餓鬼のくせに驚き入った野郎だが、一体全体………………………があるもんかどうか――「聞かしてもらいてえもんだ。あっしにとっちゃ生きるか死ぬかの大問題なんだ」と親爺は胸を張って一あし詰めより、ちらりとその女房の顔色をうかがった。「どうしたもんでしょうかねえ、先生さまあ」と今度は女がきゅうに悲しそうに悄《しお》れてみせ、無精ひげに包まれた杉本をねっとり睨むのであった。杉本はぶるぶる身体がふるえてきた。手を変え品を変えして今はこの教師をうんと言わせさえすれば、万事うまく行くとしているその親たちに、彼の防備は役立ちそうにも見えなかった。しかし、顫えて自分の身体に抱き縋《すが》った元木武夫の腕には、だんだんと必死の力が籠ってきた。ひ弱い子供ながら、この乱暴な親に押し挫《ひし》がれずよくもここまで逃げてきてくれた。杉本はそう思い向きなおった。
「それで本人はどうだと言うんですか?」
「そこがそれ――」と女がすかさず答えた、「先生さまに納得させてもらいさえすれば……」
「あたいは、嫌《や》だぞ!」
 元木武夫のその声が夕風をさっと断ち切った。
 だが、その叫び声と同時に女は髪をふり乱した。「こ、この餓鬼い!」とうめいた、「手、手前はさっき、神様の前で、承知しましたと吐《ぬか》したじゃねえか、継母だと思って舐《な》めやがったなあ……こら、畜生ッ! 武!」ぐらっとひっくりかえりそうになった雲行きに、父親もまた喚きあげ「こん畜生ッ! 親を親とも思わねえのかあ――」その上父親は逆《のぼ》せあがって今は伜にとびかかり暴力をふるおうとした。元木武夫は冷いコンクリの上を逃げた。扁平足《へんぺいそく》のはだしが、吹きっさらしの屋 
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