気知らずは俺がこの眼で見て来た本当の話なんだ」
「ヘえ――」と野田は呼吸をはずませた。
 工場裏の芝生では、安賃銀の臨時傭達が男女と混み合って粗末な弁当を開いていた。何時かは常傭工になれるだろうと、もう長い間戦争準備の陸軍食料工場でこき使われていた。
「ここには腐るほど食物がある。あの一片でも子供に持って帰れればなあ――」
「やって見ろ、ばさりだから」と横の若い女が首をすくめ乍らニコリと笑って「なア野田さん?」
 すると彼はどさっと女にくっついて蹲み、
「ちいちゃんこれさ」と抱きしめた。
「いやだねえ、この人は――」
「よう、よう、畜生ッ!」と皆が冷笑《ひやか》した。すると野田は真赤になって狼狽しながら、憐れな恰好で岩佐に救いを求めたのだ。
「ねえ、岩佐。その、これが不景気を追っ払う理由をよ。恥しくってお前え――」
「よーし……」と彼は弁当箱を膝から下して「この俺がソヴェートに出稼ぎして、この眼で見て来た話なんだ……」
 口まで持って行った箸をくわえてしまって、皆の眼が一斉に岩佐に注ぎ、話声がぴたりと止まった。



底本:「日本プロレタリア文学集・20 「戦旗」「ナップ」作家集(七)
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