ないことになったもんだ」と野田は背の高い岩佐に聞えるように呟いた。臨時工達は食事を取る設備をもっていない。彼等は今度の戦争がはじまる前頃から傭われ出した者許りだ。天気のよい日は工場裏の芝生に座って弁当をひらいた。工場のあっちこっちと追いまわされて全く疲れる。そして昼飯時にほっとする。のそりのそりと歩いていた岩佐は急に停って野田を待った。それから彼の云い分に調子を合せた。
「おまけに、八月になればしけるというではないか。停戦会議が成立して結局俺達臨時に御用済みにつき……と来るかも知れん」
「全く遣り切れんねえ。五月十六日から確かに一時間半は労働時間が殖えて来たしよ」
「――所が、君ッ!」
 そう云ったかと思うと、岩佐はいきなり野田の肩を抱きすくめた。力仕事に馴らされた岩佐の腕っ節が気持ちのわるいほど固く締めつけた。驚いている野田をぱっと突き放してから岩佐はがらがらと笑い出した。
「これがロシア式の友情だ。不景気知らぬソヴェート同盟を君は知ってるか?」
 野田は曖昧な眼つきで答えた。
「抱き合うのは男女と相場が定ってるんだが……」
「だから不景気で食えねえと愚痴っぽくなんのよ。ロシアの不景
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