切にするのである。若し生れつき「ほくろ」のない婦人方は、人工的に是を模造してその顔面に黏置するのである。
この人工的のほくろ[#「ほくろ」に傍点]のことをフランス語では「ムーシユ」といふ。「ムーシユ」とは「蝿」と云ふ意義である。白い美しい顔の上の黒一点は、恰も白磁の花瓶に一匹の蝿がとまつたやうだといふ形容から来たものださうである。何ものでも美化して形容したり命名したりする処が如何にもフランス人らしくて好いではないか?
さてその人工的「ほくろ」、即ち「ムーシユ」とはどんなものかと云ふに、黒色に染めたタフタ(薄地の帛)を天然のほくろ[#「ほくろ」に傍点]の大きさに似せて、小さな円い形に切つたものである。而してその裏面には絆創膏に似たやうな薬品が塗つてある。だから一度顔面に貼り著ければ、容易《たや》すく剥げ落ちるやうな気遣ひはない。
今その起原を尋ねて見るに、以前欧羅巴でまだ種痘術の発明せられなかつた昔に在つては、天然痘の為に動もすれば顔面に痘痕の残つてゐた婦人方が少くなかつた。それ等の貴婦人達がその痘痕を巧みに隠す事を色々と工夫して、終に「ムーシユ」を発明したものだと云ふ事である。そ
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