ニころが、後の百磅には証人もあること故、拒んでも無益と思ったか、亭主も素直にこれを渡した。農夫は再びカランの許に立ち帰り、これでは元の黙阿弥で何にもならぬと言う。カラン手を拍って、「さてこそ謀計図に中《あた》った。さあ、今度こそは前の友人と同道して、宿屋に押し懸け、この者の面前で預けて置いた百磅の金、さあ、たった今受取ろうと、手詰の談判に及ぶべし。それでも渡さずば、その時こそはその友人を証人として訴え出《い》でるのだ」と言う。農夫は、ここに至って始めて氏の妙計を覚り、小躍《こおど》りして出て行ったが、やがて満面に笑を湛《たた》えて、ポケットも重げに二百磅の金を携え帰った。
法学法術兼ね備わる者でなくては、法律家たる資格がない。カランが、無証事件を変じて有証事件となし、法網をくぐろうとした横着者を法網に引き入れた手際《てぎわ》は、実に法律界の張子房《ちょうしぼう》ともいうべきではないか。
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三五 “He shakes his head, but there is nothing in it!”
カランの法術について思い出した事がある。明治十三年、スウィスの首都ベ
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