ニなら訴を起すまでもない、もしその百磅を取り返したいならば、もう百磅だけ改めて亭主に預けるがよい」という。百姓は仰天《ぎょうてん》し、「飛んでもないこと、渠奴《あいつ》のような大盗人に、百磅は愚か、一ペニーたりとも渡せるものか」と、始めはなかなか承知すべき気色《けしき》もなかったが、遂にカランの弁舌に説き落され、渋々ながら、彼の差図に任せて、一人の友人を証人に頼み、再び例の宿屋に行った。復《ま》た談判に来おったなと、苦り切っている亭主の面前に、百磅の金を並べて、さて言うよう、「己は元来物覚えの悪い性分だから、昨日百磅預けたというのは、あるいは思い違いかも知れない。とにかく今度こそはこの百磅を確かに預って置いて下され」と懇《ねんご》ろに頼む。亭主は案に相違し、世にはうつけ者もあればあるものと、独り心に笑いながら、言うがままにその金を受け取った。農夫はカランの許《もと》に立ち帰り、盗人に追銭とはこの事と、頻《しきり》にふさぎ込んでいる。カランは打笑い、「それでは、今度は亭主が独りいるところを見済し、こちらも一人で行って、先ほどの百磅を返してくれと言うべし」と教えた。その教えの通りにして見た
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